人的資本経営が注目されています。そして企業として人的資本開示に向けた潮流が巻き起こりつつあります。2018年に国際標準化機構(ISO)が「ISO 30414」を発表し、情報開示に向けたガイドラインが公開されたことで注目されていましたが、日本国内でもその動きがにわかに活発化しつつあるようです。
なぜ人的資本の開示が求められているのか。その理由と共に、ブレてはいけない本来の目的について問題提起したいと思います。
真に良い会社が生き残り成長する
なぜ人的資本の開示が求められているのでしょうか。
企業として持続的に価値を生み出し社会貢献をできるか。客観的に投資家はもちろん、働き手からも、取引先からもしっかり評価されていく時代がきているということですね。
考えてみれば当たり前なのかもしれませんが、こんな企業は今後淘汰されていくのかもしれません。例えば、
- 人材を使い捨てのように扱うような企業
- 倫理的にNGなことを見て見ぬふりをしている企業
- 自社の利益だけを考え環境や社会に悪影響な企業
は明らかにNGですよね。
人的資本経営という視点でさらに深く見ていくとします。例えばこんな企業組織だとどう思いますか?
- 後継者の育成が全くできていない
- 企業文化がネガティブでよくない風土だ
- 社員が不正ばかり起こしている
- ストレス職場でメンタルに関する問題が多発している
- 職場で労働災害がよく起こってしまっている
- 一人当たりの生産性が著しく低い
- 多様性が無く、偏りが大きいまま変化していない
- スキルや能力を開発する努力をしていない
- 採用経費と離職率のバランスが悪い
- リーダーやマネジメントへの信用や信頼が薄い
こういった会社に投資したいと思うでしょうか。はたまた就職したいと思うでしょうか?なんなら取引をし続けたいと思うでしょうか?
こんな企業は”やばい!(悪い方の意味で)”ので、しっかりと人を資本として捉えて中長期的な持続と成長を見据えたマネジメントができている会社に投資していきましょう!だから人的資本をはじめとした非財務情報を開示していきましょう。という話です。
人は貴重で有限な資源とも捉えることができます。その資源をただただ労働力として使うのではなく、資本ととらえ開発することができる企業かどうかは社会貢献性という意味でも重要です。
また人を大切にし、成長の機会をつくり、ひとりひとりが強みを活かし発揮できる組織づくりができている企業は、今後さらに良い事業やサービスが生まれてくる可能性が高いと言えるでしょう。そう考えられるのが自然です。
先ほどリストアップしたものを反転するとどうでしょう。
- 後継者の育成にしっかり取り組んでいる
- 企業文化がポジティブで前向きな風土だ
- 社員が誠実で真摯に仕事に取組み不正とは無縁だ
- メンタル問題は少なく心身の健康支援を行っている
- 労働災害が少なく安心・安全な職場づくりができている
- 一人当たりの生産性が高い
- ダイバーシティ豊かで多様な人材が活躍している
- スキルや能力の開発機会をつくり育成を行っている
- 適度な人材の流動性がありつつ、適材適所を実現している
- リーダーやマネジメントへの信用や信頼が厚い
どちらの企業に将来性や可能性、事業の持続性を感じますか?新しい価値を時代に適応して生んでいきそうでしょうか。どちらの会社に投資したいでしょうか。就職したいでしょうか。取引したいでしょうか。一目瞭然だと思います。
株主資本主義による短期での利益最大化を追い続けることの限界、働き手や環境や地域への負荷の限界、様々な点で転換点にきているのが今なのだと思います。
利益は株主だけではなく、様々な形で働く人や、環境や、地域社会に還元していくことで結果として中長期の持続的成長を目指していこうという潮流が生まれているということですね!
社会的価値を問われる時代
関連するビジネス用語として、SDGsやESG投資もあります。企業経営、組織の人的マネジメントにおいて外せないキーワードになってきているので、軽く触れたいと思います。
SDGsにおける「働きがいも経済成長も」
SDGsについてはご存知の方も多いのではないでしょうか。いわゆる「持続可能な開発目標」です。17の開発目標の中には「働きがいも経済成長も」というものがありますが、ここには人をコストや使い捨ての資源ではなく資本として捉えて開発することで生産性を向上していくことが根本として据えられています。
ひとりひとりの働く個人も、企業の組織も、持続可能性を考慮して開発するべき目標であるとされているのです。その中で技術向上、創造性やイノベーション、雇用創出、多様な人材を活かすことも含まれています。
ESG投資における「Social」
ESG投資という言葉についてです。これは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の3つの要素を考慮して、成長の持続性や社会的存在意義を重視する投資活動のことで、世界的に注目されています。Social(社会)の部分は、人材・組織マネジメントが問われる部分です。
社会問題のひとつとして、働き方と人材マネジメントの在り方も問われています。ひとりひとりが無理なく持続可能な働き方を実現できること。ひとりひとりが強みを活かしてパフォーマンスを発揮できる支援をすること。
こうした取り組みができているかどうかは、企業価値を左右する時代になってきています。
バズワードに踊らされない
「人的資本経営」も、「ISO 30414」のガイドラインも本来の目的に沿って取り組んでいけば、企業にとっても働き手にとっても、その他ステークホルダーにとっても嬉しいもののはずです。
ところが、いわゆる”手段の目的化”に走ってしまうことで、これまでの失敗を繰り返すとくこともあります。
例えば「健康経営銘柄」や「攻めのIT経営銘柄」「DX銘柄」や「なでしこ銘柄」をはじめ様々な銘柄を経済産業省と東京証券取引所が共同で選定するなど取り組まれています。
それぞれの詳細は触れませんが、従業員の健康を経営視点で捉えているかどうかや、デジタルを活用した変革や生産性向上を行っているか、女性活躍を推進しているかなど、これらも人と組織に関するマネジメント状態を見ている第三者認証と言えます。
しっかりと本質を理解し、目的に向けて取り組んでいる企業ももちろん多く存在しますが、中には残念ながら「数字合わせ」「表面上の施策」など、評価されるための見せ方の工夫に終始してしまい、本来の目的とは異なる方向にエネルギーを割いているケースも見られます。
人的資本を開示する理由は、良い会社に見せることではなく、企業の組織の状態を可視化し開示することを通じて継続的な改善と向上をはかっていくマネジメントサイクルをまわすためです。社内外にその進捗状況や取り組みを開示し、透明化を図ることでステークホルダーのみならず社会に対する責任も果たしていきます。
状態をガイドラインに従って可視化していく中で、組織の様々な改善点も見つかるはずです。その改善点や強化すべきところに対して、解決をするために何らかの対策を打っていくことにこそ意味があるのだと考えます。
その結果として、企業としての成長性や持続可能性につながり、業績として明確なリターンが得られていくのだと思います。
ひとつ確実に言えることは、社内の様々なデータを集めて満足してはいけないということ。もちろん社内の状況を様々な方法で可視化することも大前提として大切です。
しかし数値などのデータで明らかになったことは、それ自体はひとつの指標に過ぎません。本来重要なのは、人と組織をより良い状態にしていくために打ち手を考え実行し改善していくこととセットで捉えなければならないということですね!
価値を生み出す源泉は人である
「ISO 30414」のように、非財務情報の開示に向けた動きが加速していますが、これを機に自社の人と組織の顕在化している部分だけではなく、潜在的な力に焦点を当ててみるのも良いのではないでしょうか。
人的資本経営は、経済産業省にてこのように定義されています。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。
経済産業省
企業の事業継続や新しい価値の創出、成長を成し遂げるためにはビジネスモデルや資金や市場戦略なども重要です。しかし、日々の事業推進の中で様々な創意工夫や改善を行ったり、心を込めてサービスをしたり新たなアイデアや仕組みを生み出したりする源泉は人の存在そのものです。
人材を資本として捉えるということは、ひとりひとりの強みを認識し、開発を行い、パフォーマンスを発揮しやすい組織環境づくりを行うことで、結果として収益向上や事業継続を実現するということです。人と組織の潜在力の最大化を目指し、試行錯誤を継続していくことだと思います。
一方で、個人の視点に立ってみるとどうでしょうか。
企業の存続や成長は、ともすると一人の働く個人としては、他人事になってしまいがちかもしれません。
しかし、個人としても自分事として所属企業・組織の成長に貢献しようと行動できる人は、結果としてどこに行っても環境が変化しても活躍できますし、パフォーマンスを発揮し評価もされます。
これからはよりいっそう自律した個人が、組織と心理的契約で結ばれている状態をつくっていくことが求められます。
個人も組織も双方が努力していかないとならないということですね。
今、働くひとりひとりの「キャリア自律」の重要性も叫ばれています。キャリア自律をすると、離職するのではないかと心配されることが多いですが、既に実証的な研究の中で、自律しているほどコミットメントが高く離職しないというデータも公開されています。(堀内泰利・岡田昌毅 (2009). キャリア自律が組織コミットメントに与える影響. 産業・組織心理学研究より)
いずれしても、企業も個人も双方がパートナーとして取り組んでいくことなのだと思います。(持続可能なキャリアの研究では、企業と個人の共同責任でキャリアを捉えています)
組織をより良くしていく仕組みづくりや仕掛けづくりと、真に自律している人材の発見・育成は両輪で取り組むことが望ましいことは間違いありませんね。
とはいえ、実際に取り組んでいくことは、そう簡単ではありません。私たちはアイデアと技術を用いそんな課題に対するソリューションを提供して貢献していきたいと改めて思います。