「心理的資本(Psychological Capital: 略称 PsyCap)」をご存知でしょうか。
経営学の概念のひとつで、個人の心の問題だけにとどまらず、組織のパフォーマンスを最大化して計測も開発も可能ということから、今注目を集めています。
今回は心理的資本とは何か、強化するには何が必要なのかを、項目ごとに具体的に紹介します。
心理的資本は、やる気やモチベーションとは違う?
心理的資本を簡単にいうと「一人一人が持つポジティブな心のエネルギー」です。
身近な言葉としては「やる気」や「モチベーション」をイメージしていただけばよいでしょう。ただし、単なるやる気やモチベーションでは、空回りしたり、結果に結びつかないこともあります。これはマネジメントをしている方なら頷いていただけるはずです。
では、やる気やモチベーションと、心理的資本の違いはどこにあるのでしょうか。
そのヒントは「資本」という言葉にあります。
心理的「資本」と呼ばれる理由は、「原資」として機能し、リターンが得られるとされているからです。心という言葉からは、実体のない定性的なものだと受け取られがちですが、そうではありません。心理的資本は計測が可能で、さらに開発をしていけるからこそ、ビジネス的な資本とみなされているのです。
心理的資本は、組織の成功に直結する
社員全員が、「ポジティブな心のエネルギー」を持っていれば、組織はどう変わるでしょうか。
エネルギーはポジティブな組織行動を生み出し、ひいては、「社員が自律的に行動し、やりがいを持ち続け、組織としてのパフォーマンスを最大化する」とされています。
たとえどれだけの知識やスキルを持っていようとも、心理的資本が低ければ高いパフォーマンスをあげることはできません。今の世の中では、その知識やスキルをどう使っていくかという心構えや精神性に目を向けることが重要視されつつあります。
1998年に始まったポジティブ心理運動から生まれた心理的資本は、次の4つのリソースで構成されています。
・希望 (Hope)
・自己効力感 (Efficacy)
・レジリエンス (Resilience)
・楽観主義 (Optimism)
この4つのリソース、それぞれの英語表記の頭文字をとってHEROと呼ばれることもあります。
順に解説していきましょう。
Hope(希望)とは
Hopeとは、目標に向けて解決の道を見つける力のこと。目標へと向かうポジティブな意思と、想定外のことが起こった場合の代替案を絞り出す力を自分でコントロールできるとき、Hopeは持続し、増大します。
Hopeの強化に必要なもの
1.目標設定
魅力的な目標はモチベーションの源になり、達成したいという意欲が湧く。
2.ストレッチ目標
ストレッチ目標とは少し背伸び(ストレッチ)しないと届かない目標のこと。
簡単に達成できる目標ではなく、少しチャレンジが必要な目標が適している。
3. 回避目標ではなく接近目標を
「〜をしないようにする」という回避目標より「〜をする」という接近目標を掲げる方が効果的。
回避目標例:「ダラダラと時間を過ごさない」
接近目標例:「毎日1万歩歩く」
肯定的な行動を目標とし、振り返ることが重要。
4.ステップ・バイ・ステップ方式
ハイレベルな目標ではなく、そこからブレークダウンした具体的で明確な小さな目標まで落とし込む。小さな目標をクリアし続けることで大きな達成感を得ることができる。
5.イメージトレーニング
イメージトレーニングで目標達成までのリハーサルをし、パフォーマンスを高める。
Optimist(楽観主義)とは
Optimismとは、続けていれば良い結果が出るだろうとポジティブに考える力のこと。単なる楽観主義ではなく、現実的で、柔軟性をあわせ持つことが重要です。
「なんとかなる」ではなく、「なんとかできる」という主体的な心の持ちようがポイントです。Optimismでは、何かいいことがあったとき、「自分の頑張りが報われた」と感じ、それを継続するので、よい循環が生まれます。失敗することもあるけれど、自分の力で現状を改善できると信じ、ポジティブな行動をとります。
Optimistの強化に必要なもの
1.うまくいっていることに着目する
うまくいっていることに着目し、たとえ、目標が達成できなくても、自分に責任を求めない。たとえ目標が達成することができなくてもポジティブに受け止め、そこから学ぶべきところは学ぶ。
2.他者に感謝を表明する
社会的なつながりは幸福の最大要因。相手に感謝することは相手だけでなく、自分自身をも楽観的にしてくれる。
3.将来へ向けた可能性を考える
前向きに、自分の可能性を信じ、明るいストーリーを描く。
Resilience(レジリエンス)とは
Resilienceとは、困難があっても乗り越えられると力のこと。高いレジリエンスがあれば、仕事の失敗や責任などでストレスを感じても、心の健康を保ち、ストレスを成長につなげる力が身につきます。
世界のトップレベルリーダーたちは、総じてレジリエンスが高いといえます。その思考や行動からは、逆境や対立、失敗、大きな責任などに立ち向かい、何があっても立ち直る力を感じるはずです。特に変革期のリーダーシップの影響がレジリエンスを高めるといわれており、そのキーワードにはオープンコミュニケーション、信頼構築、仕事の意味やアイデンティティの創出、メンタリング…などがあげられます。
Resilienceの強化に必要なもの
1.思考癖を把握する
自分の思考癖を把握し、マイナスな局面では自分はどのような考え方をするかをじっくりと内観し、見直す。ネガティブな要素が出てくる場合は、これからのために、その思考をポジティブなものへと変換するようにする。
2.過去に囚われない
過去を見ず、「今この瞬間」に意識を向けるマインドフルネスが効果的。マインドフルネスを実践すると平常心を保つことができ、ストレス耐性もあがる。
Efficacy(自己効力感)とは
Efficacyとは、コーチング理論などで用いられる、自分の能力や貢献に対する自信のこと。エフィカシーが高ければ優越感を、低ければ劣等感を感じます。
周囲に、エフィカシーが低い人はいませんか。常に自己嫌悪に陥り、目標も達成できず、悪循環から抜け出せないメンバーがいれば、エフィカシーを高めてあげる必要がありそうです。
適切な振り返りで、エフィカシーの開発を前進させることは可能です。エフィカシー開発で求められるのは、「自分が物事をどう理解するか」を深く内省する姿勢です。
Efficacyの強化に必要なもの
1.達成体験を積む
ブレークダウンした小さな目標を達成し、達成体験を積む。目標に向け一歩ずつ確実に進んでいると実感できることが重要。
2.代理体験を積む
身近な人ががんばっている様子を見、そのプロセスを可視化する。「あの人ができるなら」とよい刺激になる。
3.言葉による説得
「褒める」「励ます」「説得する」といった言葉はEfficacyを高める。
まとめ:メンバーの「心」という資産開発に注力
4つの要素について、簡単に解説いたしました。心理的資本は各個人が持つ心のエネルギーですが、組織の業績に大きく影響します。そして、個人が自分の持っている能力を最大限に発揮することは、組織の競争力を高め、価値を最大化させます。
ただし心理的資本とは何か、ということを学ぶだけでは、現場は変化しません。どう開発し、どう活用していくかを、組織として考える必要があるでしょう。
人を資産ととらえ、価値を増幅させていくことこそが、今後のマネージャーに求められる力です。
環境や設備、制度などに頼り切らず、メンバーの「心」という資産開発に注力してはいかがでしょうか。