Habi*do通信

心理的資本とは~経営者・組織責任者が抑えておくべき概要と潮流

いま世の中は先行き不透明であり、未来を正確に予測することは限りなく不可能に近いとされます。価値観が多様化して、社会は複雑化しています。社会、組織は大きく変化を余儀なくされている変革の時代でもあります。不確定要素が大きく、会社にとっても個人にとっても厳しい時代に突入しています。いわゆるVUCA(ブーカ)の時代ですね。

ビジネスにおいてもゲームのルールが大きく変わりかねないですし、既に変わっている市場も存在するでしょう。地震や大型台風による自然災害や、世界的な新型ウィルスのまん延によるパンデミックなどを目の当たりにし、これまでの常識が大きく変わってしまうという事実を否定できる人もいないのではないでしょうか。

社会環境変化が激しい時代には、戦略を緻密に正確に立てることよりも、目指す目的地(ミッションのようなもの)を明確に持ち軸をぶらさずも変化に適応しながら柔軟に行動をすることが求められています。
ハードよりもソフトが重要になり、何よりも「ヒトのチカラ」をいかに引き出し発揮できるように支援するかということが、これまで以上にマネジメントに求められるようになります。

そこで注目されている考え方が「心理的資本」です。
海外では「Psychological Capital」として多くの研究・調査・論文が存在しています。国内では「心理資本」「心の資本」と呼ばれることもあります。

心理的資本について概略理解と流れ始めた潮流について認知いただくことをゴールに、以下解説をしたいと思います。

心理的資本が求められる背景

工業発展し、製品の生産をすれば売れる時代、つまり経済が右肩上がりに成長していた時代には、人材は交換が可能な生産ラインの要素のひとつと捉えられていたといっても過言ではありません。つまり人材に求められていたのは、言われたことを言われた通りに滞りなく作業を行うという純粋な「労働力」が期待されていました。

右肩上がりで成長する時代は終焉しました。「モノあまり」時代ともいわれます。モノをつくれば売れるわけではなく、サービス経済に移行しました。市場における競争環境はより厳しくなるだけではなく、社会環境の変化のスピードも激しく適応力も求められます。イノベーションの重要性はさらに高まりました。価値観の多様化は顕著となり、会社と個人の関係にも変化がみられています。IoT、業務自動化や人工知能(AI)の進化と普及も進んでいます。

今、人には「人間にしかできない力」を発揮することが求められています。それは意志の力かもしれません。目的を達成するための手段を考える力かもしれません。創造力や想像力かもしれません。変革を生むための行動力そのものを指すかもしれません。現場での柔軟な判断力かもしれません。

不確実性の高い現在、常に自分自身の知識とネットワークをアップデートしながら、自律的に目標を目指し問題解決をすることができる個人、そして組織が求められているのです。そのような主体性と行動力のカギを握るのが「心理的資本」です。

業績に影響する人の力とは?~心理的資本の位置づけ

心理的にネガティブな状態を少しでも良くするためにどうしたらよいかという研究がこれまで大半を占めていました。ストレス対策は?メンタルの不調の改善策は?
(アメリカのメジャーな心理学雑誌であるU.Occupational Health Psychologyでは95%がネガティブアプローチの分析結果が掲載されていた)

しかし近年では人の可能性や、幸福(ハピネス)といったポジティブな面に焦点をあてる動きが強まっているのです。その理由は前項で触れた通り、人の力を引き出し、自律的に問題解決をできることを目指すからです。

ではなぜ人がポジティブな心理状態にあることが自律的な問題解決につながるのでしょうか。

人材のパフォーマンスを生む要素のピラミッド

会社経営、事業運営において人材が大切な資源であることは間違いありません。そのうえで、ひとりひとりの人材が成果を生み出す原因について、これまでに多くの調査・研究が行われてきました。

人材1.0=人的資本(Human Capital)

最初に注目されたのは、その人の知識や、スキルや、ノウハウ、これまでの経験など「何を知っているのか」ということが重要であるという考え方です。

知識やスキルを身につけてもらうために、企業が様々な研修を実施し、e-Learningを実施したり、学習環境を整え機会を提供するのはこのためです。

人材2.0=社会関係資本(Social Capital)

続いて注目されたのは、その人がどのような人とつながり、コミュニケーションをとることができるのかということです。いわゆる人脈、人的ネットワークのことであり「誰を知っているのか」が重要であるという考え方です。

豊富な知識・スキルを持ち合わせていたとしても、それだけでは成果に結びつくパフォーマンスを発揮することはできず、周囲の人たちとの協働関係により発揮されていくものです。

「弱い紐帯(strength of weak ties)」という言葉がありますが、決して強い関係が良いわけではなく、弱い関係であっても組織内外に知人がどれくらいいるかが大切であるということです。(もちろん知っているだけではなく、情報交流が何かしらあった方が良いですよね。)

人材3.0=心理的資本(Psycological Capital)

そして今注目されているのは、その人がポジティブな心理的エネルギーをどれくらい持っているかが業績につながるパフォーマンスに影響を与えるという考え方です。心理的資本は自律的な目標達成を促すエンジンであり「何をやろうとするのか」という根底にある意志と、そこからの行動を支えるやる気の源泉です。人がイキイキしている状態をイメージすると良いかもしれません。

ポジティブな状態でなければ、知識やスキルをしっかりと活かそうとしないかもしれません。また人的ネットワークも活かそうとしないかもしれません。もっと言うならば「知識やスキルを身に着けよう」「積極的に組織外の人と関わろう」というような能動的な行動を起こすことも難しいかもしれません。

つまり心理的資本は、人のパフォーマンスがUPし業績を高めるために影響する最も基礎の要素と言えます。

開発可能な「資本」であるという考え方

心理的資本はやる気そのものなのか。モチベーションとどう違うのかということは、よくあがる疑問だと思います。

モチベーションを仮に感情のようなものと考えれば、日々の体調や公私におけるイベントによっても変化が常に起こるものです。

一方で心理的資本は、日々変化するものではなく、比較的に能力やスキルに近いものです。全く変化しないわけではないですが、開発し高めることができ、一度高まると簡単には喪失しない資本です。

プロならモチベーションを一定以上保つことが大事という議論がありますが、プロが一定以上のモチベーションを維持できるのは心理的資本が影響しているとも言えるかもしれません。

Wellbeingな状態や、幸福な状態、仕事へのエンゲージメントが高い状態など、働く人が良好な状態であることを説明するための変数とも言えるでしょう。

心理的資本は理論的背景があり、測定でき、かつ開発できるものであり、それは業績に影響するものであるということをご認識ください。

様々な研究や論文から、

  • パフォーマンス
  • 満足度
  • 組織コミットメント
  • 幸福感
  • Wellbeing
  • 健康
  • 人間関係
  • やりがい
  • 自己開発、成長への投資

など、様々な結果に結びつくことが示されています。
心理的資本がポジティブな状態か、その逆にネガティブな状態かによって成果に影響することは間違いありません。

心理的資本によって説明できる業績の割合は約10%~25%ということが明らかになっています。(『こころの資本-心理的資本とその展開-』著者:フレッド・ルーサンス他 中央経済社より)

心理的資本の4つの因子とは?

心理的資本には4つの因子があります。それぞれが相互に影響しあい相乗効果(シナジー)が生まれるものであり、心理的資本はそれらが統合された上位概念です。

それらの頭文字をとって「HERO(ヒーロー)」と略されます。それぞれ簡単に概略を紹介します。

心理的資本の構成図

ホープ(Hope)、希望

直訳するとHopeは希望となりますが、単純に「将来の見通しが明るい」というふわっとしたものでは実はありません。目標があってその目標に対する熱意も併せ持ち(Will)、そして目標に到達するための様々な経路(Way)が頭の中に浮かぶ状態を指します。

目標に対する意志力と方法や手段を思いつく創造力・想像力のように認識いただくと相違ないかと思います。

エフィカシー(Efficacy)、自信・効力感

簡単にいえば自信のことです。自分にならできそうだという効力感です。主体的に行動を起こそうと自己決定することができる感覚を思い浮かべてください。

「自分にならできる」「自分にならやれそうだ」と思えないと、なかなか一歩目が踏み出せないのではないでしょうか。

受け身ではなく、自発的・能動的に行動を起こそうと思える自信と覚えてください。

レジリエンス(Resilience)、レジリエンス・回復力

危機や逆境といったネガティブな状況に限らず、例えば昇進やチャンスといったポジティブな状況においても大きなストレスがかかる場面があります。そんな危機に陥った時や予想もしないチャンスを得た時などに求められるのがレジリエンスです。

レジリエンスはよく「折れない心」というように表現されることがありますが、心理的資本におけるレジリエンスは折れても良いんです。

折れても良いけれど、しっかりと立ち直り、元の状態に戻るだけではなく、さらに上回って成長するという意味合いがあります。

超回復(回復前を上回りさらに成長する)する力だとお考え下さい。

オプティミズム(Optimism)、楽観

楽観、楽観主義と訳されますが、なんでも楽観すれば良いというものではありません。自分の努力でなんとかできる部分は自分の能力で行動しようと考える一方で、自分ではどうしようもないこともあります。

自分でコントロールできるものと、自分ではどうしようもないことをしっかりと切り分けて考えることです。自分でなんとかできることは、自分でなんとかするぞという意味での「楽観」です。何も考えてない、行動もしていないのに「なんとかなる」と楽観視していることとは違います!そんな風に四六時中「楽観」な人は危険(笑)です。

例えばパンデミックのような緊急事態に陥った時に悲観的に物事を考えても何も事態は変わらないが、こういう時こそ楽観的に自分でできることをやろうと思えるようなマインドが大切になります。このようなマインドを持ち行動できる状態が楽観です。

リーダーシップ、イノベーションの根底にあるもの

心理的資本とリーダーシップ

これからはリーダーのみならず、自律的に問題解決(目標達成)に向けて行動をしていけるような「リーダーシップ」が求めらます。リーダーシップを発揮し、変革を起こしていくための行動が様々な組織で必要になっています。いわゆるイノベーションです。

世の中の変化に適応しながら、ひとりひとりが個人でのパフォーマンスを高めるだけではなく、イノベーションを起こすためにはそれぞれが自分の得意分野や強みを活かしながら組織の内外と協働することが求められます。そのためには、お互いの組織内に信頼関係が存在することも非常に重要です。

心理的安全性(Psychological Safty)というキーワードもよく目にするようになりました。ご存知の方も多いと思いますが、「心理的安全性のある組織」はただ単になんでも言えて自分らしくふるまえるだけの生易しい組織では決してありません。

イノベーションが生まれる過程には、コンフリクト(抗争)が起こることはしばしばです。だから心理的安全性とイノベーションはセットで語られることが多いのです。

心理的資本が高い状態、つまり組織にいる各自が「自律」していることが大前提となります。組織としてミッションを共有できており、ひとりひとりが役割を自覚し、お互いの存在を尊重し認めていて、それでいて自律している。だから必要なら議論し徹底的に意見をぶつけ合わせても、信頼関係が壊れることが無いのです。

個人にも組織にも3つの好業績につながる条件があります。

【組織】

  • 目標が明確である
  • プロセスが共有化されている
  • 組織内に信頼関係がある

【個人】

  • こうありたいという意志=Will
  • 達成に向かう道筋=Way
  • メンバーとの信頼関係=Trust

個人の「心理的資本」を育むことができる組織風土をつくることは、そのまま好業績につながる組織の条件につながります。人材育成の仕組み、そして現場のマネジメントが本当に大切なのです。

心理的資本に関する国内での注目情報のご紹介

海外に比べ、日本国内での研究や調査の例はまだ少ないと言えるでしょう。しかしながら、先端的な取り組みは既に行われており、今後の日本国内での研究進捗が期待されます。そのいくつかをご紹介いたします。

国内の主な関連情報のご紹介

それぞれ心理的資本をどのように定義づけているのかにも注目してみたいと思います。

持続的な幸せを得られる能力を表す尺度を「心の資本」と定義
株式会社日立製作所 リリース

幸福度を高めるソリューションの実証実験結果とともに、「心の資本」として紹介されています。

働く人の仕事に対する自信や困難を乗り越える力
第一生命経済研レポート 2020.5

働きがいのマネジメント指標として「心理的資本」が紹介されています。

個人の成⾧におけるポジティブな心理状態
厚生労働省「令和元年版 労働経済白書」

厚生労働省の白書では、働きがい(ワーク・エンゲージメント)を促進するための要因として、個人資源である心理的資本の強化が重要と指摘しています。

「ひとが、いかに希望や目標をもちつつ、物事
に挑戦し、出来事を意味づけ、逆境をはねのけてでも、前にすすむことができるか」という「ひとの心の状態」のこと
NAKAHARA-LAB.NETブログ、2020.6.18より

立教大学の中原淳先生のブログにて触れられています。
「スーパーポジティブ野郎」という表現がとても面白いです!

健康資本と業績との相関を確認するとともに、その背後にある心理的資本が業績向上に重要な役割を果たすことがわかりました。
株式会社Be&Do リリース

健康資本と、業績感と、その基礎にあるであろう心理的資本との相関について17社の協力のもと実施した当社調査のリリースです。有意な相関がみられました。

当サイト内の参考記事のご紹介

その他、当社でも以下のような取り組みを行ってきました。参考までにまとめます。

成果を最大化するために重要な心理的資本(PsyCap)とは?

上記は従業員のエンゲージメントに関連して書き記した筆者の過去の記事です。いかに心理的資本を高めるのかについて、その一部について触れています。

イノベーションを生むには、ポジティブなマネジメントに変えていかないといけないー開本浩矢氏インタビュー

第四次産業革命時代の組織・人材マネジメントに関するインタビューコラムにて、心理的資本について研究をすすめている当社アドバイザーの開本浩矢教授に取材を行った際の記事です。

【開催レポート】これからの企業の競争優位性のカギを握る心理的資本®とは~『こころの資本』出版記念セミナー

フレッド・ルーサンス氏らの著作の翻訳本「こころの資本(中央経済社)」の出版記念イベントを開催した際のレポート記事です。国内で先端的に調査研究を行ってきた大阪大学の開本浩矢教授、神戸大学の服部泰宏准教授、参天製薬(当時)の藤間氏、ロート製薬の高倉氏をゲストに迎えたイベントです。本セミナーの続編として、毎月第四木曜日の日中には「心理的資本セミナー」シリーズをオンラインで開催中です。ご都合あえばご参加くださいませ。

こんな時代だからこそ人の力で業績UP!受付中のセミナーはこちら

心理的資本について触れられている書籍のご紹介

関連書籍も出版されています。

国内初の心理的資本に関するテキスト本の翻訳書籍です。
当社アドバイザーの開本浩矢先生を中心に出版された学術書です。

当社イベントでも登壇いただいた服部泰宏先生による国内での心理的資本の尺度を活用した興味深い調査研究結果が掲載されています。「スター社員研究」は要チェック!

人的資本、社会関係資本、心理資本の関係性を分かりやすく紹介されている章があります。中川功一先生の本です。当社実施の調査結果のデータを用いてくださっています。

おわりに

心理的資本は経営・組織づくり・人材育成に必要不可欠なものであることは間違いありません。

今後の国内外での様々な調査研究結果が生まれると思います。これからの動向にも注目が集まります。

研究が進むことでHERO(Hope、Efficacy、Resilience、Optimism)という4つの要素に加わる概念が増える可能性もあります。(EQ,EI:Emotional Inteligenceのような感情知能、マインドフルネス、スピリチュアリティ、クリエイティビティ、本来性などが候補とされている)

昨今注目されているWellbeing(ウェルビーイング)や、幸福感。モチベーション、そして従業員エンゲージメント、ワーク・エンゲージメントなど組織づくりにおいて重要な指標となっているものの「基礎となり源泉となるもの」が心理的資本と言っても過言ではありません。

そして心理的資本は、開発可能です。
組織における日常のマネジメントや、トレーニングで継続的に「ポジティビティ」を高めていくことはできるのです。

私たちはそのマネジメント手法と仕組み、およびトレーニングプログラムを提供しています。まずはお気軽にご相談ください。