Habi*do通信

注目されるエフェクチュエーションと心理的資本の関係とは?

いま、起業家(社内起業家も含めて)にとって必要なマインドセットのひとつとして注目されている「エフェクチュエーション(Effectuation)」という言葉についてご存知でしょうか。

エフェクチュエーションとはどのような考え方なのか。基本的なことをご紹介しながら、人が行動を起こし自律的に目標に向かうためのエンジン的役割である「心理的資本」との関係性はどう考えると良いか。

私なりの見解を交えながら解説をしてみたいと思います。

目標から逆算するか可能性を創造するか

不確実性が高まり将来の予測が困難な時代に突入したと言われていますが(いわゆるVUCAの時代)、そんな時代にあっても、時代に適応した様々な事業が生まれ、新たな価値は創造されています。

優れた起業家の89%が冒頭にあげた「エフェクチュエーション」の理論を実践していると言われています。これは経営学者のサラス・サラスバシー氏が著書である『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』のなかで提唱しているものです。(起業家の思考プロセスや、問題解決方法の共通点が体系化されており再現性があるということで評価されている)

『エフェクチュエーション :市場創造の実効理論』、サラス・サラスバシー (著)、加護野 忠男 (翻訳)、高瀬 進 (翻訳)、吉田 満梨 (翻訳)、碩学舎、2015年

では活躍する起業家の共通点は何か。それは問題解決の方法として、最初に目標を設定するのではなく「今できることから新たな可能性を見出し創造していくこと」なのだそう。

これまで良しとされてきたのは目標を掲げながら逆算して考えていく方法で「コーゼーション(Causation)」と呼ばれています。将来予測が容易だと言われた時代は、事業計画を立てる場合に目標を決めて、そこから逆算して様々な指標を決めていたと思います。(つくれば売れる、右肩上がりの高度成長期をイメージすると良いですね)

ただし、これでは将来予測が難しい時代では通用しづらく、目標修正を余儀なくされます。計画があって無いようなもの…。特に新しい事業をつくろうとすれば、よりいっそう予測がつかなくて当然なのです。そこで注目されているのが、エフェクチュエーションです。手持ちの手段から可能性を創造するので、コーゼーションとは逆の考え方です。

裏を返せば、予測が難しい時代においても、ある一定の需要が見込まれビジネスとして確立されており、かつ大きな変化がしばらく無さそうな領域で事業予測を立てることができるビジネスであれば、引き続きコーゼーション型の目標設定は有効だということです。

エフェクチュエーションとコーゼーション、これらはどちらが優れているというわけではなく、事業のフェーズや状況によって柔軟に使い分けていくということが重要になりそうです。

エフェクチュエーションは、捉え方を間違えて表面で理解した気になってしまうと、逆に「できることしかやらない」「こじんまりとしたゴールを目指してしまう」のようになってしまいます。決してそういうことではない!ということは肝に銘じなければなりません。

コーゼーションの場合は、目的を達成するために「自分は何をすべきか」と考えるのに対し、エフェクチュエーションの場合は「自分(自分たち)は何ができるのか」を自分(自分達)の強みや資産に注目して考えるところがポイントとなります。

エフェクチュエーションに重要な3つの資源

エフェクチュエーションのためには3つの資源を明確にしていくことが大切といわれています。

  • 自分が誰であるのか?(特性、固有の能力、属性)
  • 何を知っているのか?(知識、専門性、経験)
  • 誰を知っているのか?(人的ネットワーク)

この3つの資源の話をみて、これは人材がパフォーマンスを発揮するために必要とされる3つの資本との酷似していると私は思いました。

わかりやすいところで「何を知っているのか」というのは、知識や専門性や経験を表す「人的資本(Human Capital)」です。

次に「誰を知っているのか?」というのは、社内外の人的ネットワークを表す「社会関係資本(Social Capital)」です。

そして「自分が誰であるのか」というのは、やりとげる自信であり自律的行動につながるポジティブな心のエネルギー源を表す「心理的資本」に関連するものと言えます。

新しい事業を進めるためには、様々な困難が立ちはだかっても乗り越えていけるような心のエネルギーが必要になります。

自分がどうしたいと思っているのか。自分の強みや資産は何なのか。自分の経験をふりかえり、どう意味付けを行うのか。こうしたことを通じてWill(志)が明確になると「自分は誰であるのか」という自分軸も出来上がってくるのではないでしょうか。これらは心理的資本を構成する要素の一部に過ぎませんが、大切な要素です。

自分が何者で、どこを目指して、何をしていきたいのかを自己認識することが重要ですね。

エフェクチュエーションの5つの原則

エフェクチュエーションには5つの原則があるとされています。以下、5つの原則に触れながら、心理的資本との関係性を見ていきたいと思います。

手中の鳥の原則

既存の手段を用いて、新しいものを生み出そうとすること。制約があるからこそ工夫は生まれるとも言えますし、自らの強みや資産を再認識することも重要であるということですね。

★関連する心理的資本の要素
現状がどんな状況であっても自らの強みや資産を認識して活かすことはResilience(レジリエンス/立ち直り乗り越える力)が求められます。また過去の経験を肯定的に捉えたり、現状に感謝することでも自分自身の資産に気づくことができますが、これもまたOptimism(オプティミズム/現実的で柔軟な楽観力)につながると言えそうです。

許容可能な損失の原則

挑戦するにともない、致命傷にならない程度のコストを試算しあらかじめ設定する。リスクをしっかりと想定しながら、自分たちの資本・資源を活用してどこまでできるのか、しっかりとコントロールすることが大切になります。

小さく挑戦をスタートすることも重要であるということですね。近年話題にあがった”リーン・スタートアップ”という考え方にも通じます。

★関連する心理的資本の要素
リスクをしっかりと認識しながら、自身の強みや資産を活用してマネジメントしていく力は、Resilience(レジリエンス/立ち直り乗り越える力)です。また試行錯誤しながらも、小さく行動をしてみることで結果的に達成体験を得られます。これはEfficacy(エフィカシー/自信と信頼の力)を高めることにつながります。成功でも失敗でも、その経験をどう肯定的に意味付けをして次に活かせるか。これはOptimism(オプティミズム/現実的で柔軟な楽観力)が必要になります。

リーンスタートアップとは?
コストをそれほどかけずに最低限の製品や、最低限のサービス、最低限の機能を持った試作品を短期間で作り、顧客に提供することで顧客の反応を観察する。その観察結果を分析し、製品、サービスが市場に受け入れられるか否か判断し(市場価値が無ければ撤退も考慮)、試作品やサービスに改善を施し、機能などを追加して再び顧客に提供する。このサイクルを繰り返すことで、起業や新規事業の成功率が飛躍的に高まると言われている。
Wikipediaより

クレイジーキルトの原則

様々な柄の生地を縫い付けて1枚の布をつくるように、様々な関係者をパートナーと捉えて、つなげていくことで目的を達成するという考え方です。まるでパッチワークのように!

自分たちが持つネットワークは、何物にも代えがたい独自の資産なんですよね。そのネットワークを活かして、行動していくことです。

★関連する心理的資本の要素
自分(自分達)にはどのようなつながりがあるのか。それらは身近なつながりだけではなく、弱いつながりのものも含めて独自の資産であり強みになり得ます。これはResilience(レジリエンス/立ち直り乗り越える力)に必要なものです。また、目的を達成するために場合によってはライバルと手を組むなど様々な道筋を考えることはHope(ホープ/意志と経路の力)のうちの、経路の力と言えるでしょう。せっかく持っているネットワークを活かそうとする心理的資本が良好でなければ行動につながらないでしょう。

レモネードの原則

アメリカのことわざにある「人生がレモンを与えたときには、レモネードをつくりなさい。”When life gives you lemons, just make lemonade.”」というものから、このように表現されます。つまり、それだけでは使い物にならないものでも、工夫することで価値を生み出すことができるということです。

目的を達するために様々な方法が無いか試行錯誤を行う重要性ですね。

★関連する心理的資本の要素
手元にある現状に感謝から始めなければ新たな価値を生み出す方法を考えられないかもしれません。例えばレモンしかないと考えるのか、レモンがあってありがたいと考えるのか。これはOptimism(レジリエンス/現実的で柔軟な楽観力)が必要です。また様々な切り口から、活用法を模索しプランを検討できる力はHope(ホープ/意志と経路の力)の要素のひとつです。

飛行機の中のパイロットの原則

飛行機のパイロットは常に計器類の数値に目を配りながら、様々な環境変化や不測の事態に備えて臨機応変に対応する姿勢が求められます。どんな状況にあっても、あきらめずに柔軟に事実と向き合いながら事態を悲観せず楽観することが必要です。それがやり切る自信、将来への自信につながります。

これはある意味で、どのような状況下においても自分でコントロールできることにしっかりと集中して”やれることをしっかりとやる”ことでもあります。その結果、柔軟な楽観ができると言えます。

★関連する心理的資本の要素
飛行機のパイロットは明確な目的地を目指し、高度・速度・残燃料・機体スペック・考えられるリスク等様々なことを考慮しながら、その時点で最適なルートを選択し、操縦かんを握ります。急な天候変化や機体不良があった場合にも、冷静に自分がコントロールできることに集中して対処していきます。これらはHope(ホープ/意志と経路の力)、Efficacy(エフィカシー/自信と信頼の力)、Resilience(レジリエンス/立ち直り乗り越える力)、Optimism(オプティミズム/現実的で柔軟な楽観力)という心理的資本を構成するすべての要素が必要になります。

誰もが持ちたいエフェクチュエーション的マインド

いわゆるスタートアップ企業、ベンチャー企業で事業に取り組んでいるとしみじみと感じるのですが、物事は計画通りになかなかいかないということです。

大企業と最も異なるところは、人材・資金・設備・情報・ネットワークなど、とにかく何事も”足りない”という状況からスタートするということです。予算を組むどころか、そもそもほとんど何も無い状態です。極論ですが、あるのは「志」と「アイデア」だけと言っても過言では無いかもしれません。

そんな志にもとづいて「目標」を掲げるわけですが、日々がジャングルを冒険するかのごとく、社内社外かかわらず予測不能な事態が起こります。まさしくアドベンチャーです。当初の目標地点を通過できないことも多々あるわけです。

自分(自分達)は何を実現したいと思っているのかという「目的」を明確にしたうえで、手持ちの手段や道具を棚卸しし、共に目的地を目指す仲間の特性や強みを活かしながら難しい障害をいくつも越えて行かなければならないのです。

しかし、ここで見えてくるのは、やはり「目的」と「目標」は異なる捉え方をした方が良いということです。

「目的」は自分たちが何者であるのか存在意義を明確にし、どこを目指して進むのかという指針や軸のようなものです。

一方ここでの「目標」は、目的地に向かうための通過点となる道標を示すものだと思います。

大切なのは目的地に向かうことであり、定めた目標を必ず通過することではありません。ルートAがだめなら、ルートBの目標地点を定めるし、それがだめでもルートCを定める。今、自分たちの力で目的地に近づくためには、どのルートを選択するのが良いかを考えることなのではないでしょうか。

こうした”アド”ベンチャー精神が、起業家だけではなく、新規事業部門に従事する人だけでもなく、新しい価値を考えていかなければいけない様々な事業に従事する人、すべてに必要になってきているのではないでしょうか。

もっといえば、ひとりひとりが「キャリア」の自律を考えていくときには、本当にすべての人にとってこれから意識してほしいマインドセットと言えるかもしれません。ひとりひとりすべての人にとって、自律が求められる世の中がすぐそこに迫っているように感じます。

個人として考えた時に、大それた大仰な目的を持つ必要はありません。でも、自分はどう在りたいか、どんな状態だと幸せを感じるか、何をしている時に人の役に立っているという貢献実感を得られるか。ふりかえってみると、小さくとも大切な自分自身のWill(志、目的)は誰しもが持っているものなのではと思います。

わらしべ長者は心理的資本がとても高い?

ベンチャー企業や新規事業部門

イノベーションの伝道師こと、竹林一さん(通称しーさん)の著書『たった1人からはじめるイノベーション入門 何をどうすればいいのか、どうすれば動き出すのか(日本実業出版社)』では、エフェクチュエーションのことを「わらしべ長者の理論」と表現していて、なるほど納得!となりました。

わらを1本持っていたところで、何もできないと思ってしまいますが、「わらしべ長者」はその「わら」を工夫して加工してみると誰かの役に立つ価値に代わり、対価と交換していき、物々交換を続けることでより良い状態に近づいていく、そんなお話ですよね。

わらしべ長者がすばらしいところは、わら1本を使って「やってみよう」というちょっとした行動からスタートしていることかもしれません。

とはいえ、わら1本で、着の身着のままの状態が自分だったら…と想像してみると、もう不安でしかありませんよね。これは例え話ですが、もし自分の持っている知識やスキルが世の中の変化によって陳腐化してしまい、わら1本のような価値になってしまったとしたら?もう不安で夜も眠れなくなるかもしれません。

自分が何者で、どうなりたいか、どうしていきたいかというような目的や志があれば、わらしべ長者のように手持ちの知識や手段を工夫してみたり、新しい知識やスキルやネットワークを得るために行動を起こしていくのではないでしょうか。実際にはわら1本なんてことはありませんし、何かしらの強みや資産をひとりひとりが持っているものです。助けてくれる人が身近にいるかもしれません。自分で当たり前と思っていることが、他者からみたらすごい特技なんてこともあります。ただ本人が気づいてないだけかもしれません!

本記事では「エフェクチュエーション」について触れてきましたが、考えてみれば、とても励みになる考え方だと私は思います。

どうしようもない大きな目標が先にあって、どうしたって無理だ…と打ちひしがれるのではなく、目的に立ち返りながら試行錯誤して行動していくことで道が開けるという考え方だと思えるからです。

先行きが不透明で、将来の予測が立たないと言われる時代の中でイキイキと生きていくためにも。ひとつの拠り所になる考え方と言えないでしょうか(人も組織も)。