Habi*do通信

【対談】今、健康経営®への注目が高まっているのはなぜか~Wellbeingな組織を目指して

森永雄太教授インタビュー

健康経営優良法人認定を取得する企業が急増しています。
経済産業省が2014年に健康経営銘柄の選定を始めた頃にはまだまだ知名度が低かった健康経営ですが、なぜ今、健康経営に関心が高まっているのでしょうか。

「HHHの会」の副座長としても関わっていただいた森永雄太教授に、弊社石見がお話を伺いました。

森永 雄太 氏
profile森永 雄太 氏武蔵大学 経済学部経営学科 教授
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。専門は組織論、経営管理論、組織行動論。著書に『職場のポジティブメンタルヘルス―現場で活かせる最新理論』(誠信書房)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア』(白桃書房)など。

健康経営®が注目される理由

石見
石見
HHHの会」ではありがとうございました。ご一緒に会をやらせていただいていたのは2016年でしたが、今、健康経営への注目がまた高まっています。
私は、2014年に健康経営銘柄が出たときに、もっと一気に盛り上がるかと思ったんですが、意外にその後少し停滞していた感じがありましたよね。健康経営を行う側の経営者と、健康経営を担ごうとしている医療関係者との間の温度差が大きくて、見ているものも違ったのではないかなという気がしています。市場としてもいったん萎んだような印象がありました。
ところが、ここにきてまたすごく盛り上がってきています。ホワイト500を取得する企業も昨年比で倍増しているし中小企業向けは8倍にまでなっています。働き方改革の中で健康経営が再定義されてきたのかなとも捉えられますが、森永先生はこの動きをどう感じていらっしゃいますか?
森永
森永
健康経営に関係する本の出版年をみてみると、2014年や2015年にまとまって出版されています。その後少し間が空いて、ここ半年くらいで、また健康経営の本が何冊か出てきています。最初の注目期から少しブランクがあって、今また次の段階にやってきているのかなという感じはしていますね。ちょうど僕も今、健康経営が注目を浴びた後の流れを捉えたような本がないので書きませんか?と出版社の方から本の企画をいただき、先日原稿を書き上げたところです。
石見
石見
経営している立場からすると、人手不足の危機感などが徐々に経営者の中に広がってきていることを背景にして健康経営が再注目を浴びているのかなという気もします。
森永
森永
やっぱり人材の確保という課題と結び付けて捉えられるようになったというのは大きいでしょうね。「ホワイト500」というネーミングも良かったですし、ブラック企業の対極として、安心な企業だというメッセージにできるという発想に結び付いたのでしょう。そういう意味では、身体的な健康だけでなく、健康という言葉の意味に広がりが出てきたことで、多くの人に理解されるようになってきたのかなと思いますね。

取材の様子

石見
石見
なるほど。「HHHの会」では経営的視点から皆さんと様々な議論を行いましたが、「HHHの会」に関わっていただいたことで、先生の中で健康経営についてのお考えや視点に変わられたところはありましたか?
森永
森永
「HHHの会」をやったことで、「健康経営」と呼ぶよりも「Well-Being経営」と呼んだ方がいいんじゃないかと、大きく言葉遣いを変えるようになりました。
「HHHの会」の皆さんとも議論する中で、健康=病気じゃない状態、と理解されがちな現状からすると、私たちが目指す「イキイキとした状態」をあらわす共通言語がないなということを強く感じました。例えば、ワークエンゲージメントなどで捉えているようなものも含めて、もう少し幅広く捉える言葉を使わないと、目指すものが限定的になってしまうなと。
一方「Well-Being」は、ハッピーであるといったポジティブ感情だけに注目して言うケースもありますし、成長とか未来に向けて目的を持って生きていく、といった意味で理解されるケースもありますし、ワークエンゲージメントもその一つだと言われています。企業が従業員のWell-Beingを目指す経営をしようとしたときに、自分たちにとってのWell-Beingにいろんな意味を持たせて取り組める幅が出てくるんじゃないかと思ったんですよね。
石見
石見
確かに「Well-Being」というと私たちはすごく腹落ちしやすいです。
実際、企業の担当者に「健康経営」という言葉が降りてきたときに、何をもって「健康」を捉えればいいのか、すごく戸惑いがあるようなんですよね。
でも実は、健康経営の発信者である岡田邦夫先生(NPO法人健康経営研究会 理事長)自身は、マイナス(病気の状態)をゼロ(問題ないレベル)にすることではなく、従業員みんなをプラス(よりイキイキと生産性の高い状態)にしていくのが健康経営だと仰っていて、これはまさしく「Well-Being」です。いい組織、いい会社にするために、経営がどうコミットするのかということ。でもまだまだ、そこのメッセージがうまく伝わっていない歯がゆさがありますね。
私たちが今回、新サービスをリリースするにあたり、わかりやすいネーミングとして「健康経営」をうたったのですが、私たちがこのサービスで目指しているのは、まさに「Well-Being経営」の実現なんです。

取材の様子

森永
森永
健康経営やっていく上で、もう一つ難しいなと思うのはPDCAを回すということですよね。Cでチェックするものを何を指標とするのか。
健康施策を実施したからといって、いきなり医療費が下がるわけじゃないですし、生産性向上といっても急に売上が伸びるなんてこともないので。いきなり生産性と結び付けて効果を測ろうとしても、それは担当者は困ってしまうと思うんですよね。
じゃぁ何が指標となり得るのかというと、まず一つは、生産性に関連すると思われるモチベーションや心理的態度といったもの、もう一つは、実施した施策がうまくいっているのかという点、その2つをひとまずの成果を見る指標にしたり、改善のために活用していくというのが重要じゃないかと思います。でないと、短期的に結果を出さなければならない、といった変なプレッシャーを担当者に与えることになってしまうと思いますね。
石見
石見
本当に先生の仰っているとおりだと思います。健康経営は、すぐに業績などの成果に結び付けようとするものではなくて、それよりも、どれくらい従業員の会社に対する信頼度が上がったかとか、そっちの方が実は重要な気がします。結果的に、そうした従業員が長くこの会社で頑張ろうと思えたり、もっと会社に貢献しようと思えたりすることが生産性に繋がっていきます。
そういう意味では、健康経営は、中長期的に成果を捉えるべきものだと思うのですが、すぐに成果を求めようとする背景には、まだまだ従業員を大事にすることが意味のある経営だということを信じていない経営者が多いのかなという気もするんですよね。本来目指す目的で言えば、実は「健康」にこだわる必要もなくて、他の施策でもいいんですけどね(笑)
森永
森永
確かに、手段としての健康経営であるからこそ、Well-Beingを目指していけるのだと思います。経営学では、大昔の従業員が劣悪な環境の中で働いていて衛生状態などを改善する必要があった時代には健康に着目することがあったものの、その後ずっと健康にあまり注目してこなかった。これはある意味では、健康が大きな問題でなかったからだと思うんですよね。でもここにきて、飽食からくるメタボだとか、定年延長による従業員の高齢化だとか、メンタルヘルスの問題だとか、健康状態が経営に影響を与える時代になってきたということだと思います。だから、自社の課題として改めて健康が重要だと認識した企業から、取り組めばいいのだと思います。
石見
石見
日本を取り巻く背景としては、生産人口の減少など、一人ひとりがパフォーマンスを高める必要性に迫られているというのは、共通課題かもしれませんね。
森永
森永
そうですね。若い人に長く健康で働いてもらうということを考えるなら、健康課題が顕在化する前に健康的な習慣を身に着けてもらうことが重要ですし、当社で働けば健康的な生活習慣が身に付きますよ、というのは大事ですよね。

取材の様子

石見
石見
確か2014年頃に厚労省や経産省が健康経営に注目し始めたときには、日本の医療費がとんでもないことになるよ、というのが主題だったんですよね。その背景はもちろん今も変わらないわけですが、最近は医療費削減よりも、従業員をケアすることでパフォーマンスを上げる、ワークエンゲージメントを高めるといったことを健康経営の文脈で捉えるという方向に、ずいぶん方向性が変わってきた感がありますね。
でも、コラボヘルスや、データヘルスが全部一緒になって担当者に降りてきている感じがあって、それを全部やろうとすると、どうしても健康管理的な視点で健康数値の改善を入り口に健康経営を捉えていくのだ、という誤解も生じているような気がします。本来の目的にあるWell-Being的なものを目指すという背景が、担当者レベルには落ちていないのかなと。
森永
森永
もちろん両方ないといけないですよね。健康経営があまり難しいものになり過ぎるのもよくないと思います。もっと具体的な活動を通して、それが従業員がイキイキと働けるものに繋がっている、ということが伝わっていけばいいのかなと。
そういう意味では、健康経営のどこにフォーカスするのかというのは会社によって違うと思うので、まずは自社にとっての課題を発見することが大事かなと思いますね。そこがないと、担当者が何をやったらいいかわからない、と混乱することになります。
石見
石見
実際、自社の課題は何か?というのを、健診結果だけでなく健康習慣のアンケートなどを通して見ていくと、若い人ほど不健康な生活習慣をしているケースも多いようです。だからこそ、今自分は健康だから大丈夫、と思っている若い人たちも含めて巻き込んでいくような施策が重要なんだろうなと思います。
森永
森永
そうですね。「HHHの会」でのインタビューを見ていると、若い人も年配者も世代を超えて一緒に取り組んだことで、他の人の生活習慣を知って自分の課題に気付くといった声も見られました。「HHHの会」で行ったような、チームや組織で健康活動に取り組むというのは、互いに気付きを与えることができるという大きなメリットがあるなと感じました。
実際、個人で健康習慣を持続するのが難しいので、みんなで取り組むメリットというのは間違いなく大きいと思います。特に、そもそも健康意識が低かったり健康施策が必要だと認識される組織であればあるほど、組織的な後押しというのは必要でしょう。
一方で、やらされ感や、期間限定のイベントだからやる、というだけでは持続することが難しい。中長期的には「やった方が身体が調子がいいな、元気に働けるな」という実感を持たせることによって、自発的な健康習慣の継続に繋がっていくことが大事だと思います。
石見
石見
健康経営の一番良い点は、健康というのがコミュニケーションのツールとしてすごく使いやすいところじゃないかなと思うんです。例えば「いい会社にしましょう」っていうのは漠然としてしまって共通言語にならないんですが、「みんなで健康になろうよ」というのは、年配の人も若い人も共通言語として健康でコミュニケーションできる。だから、健康経営がWell-Beingに繋がっていく施策だとすれば、そこはコミュニケーションが一番の副産物ではないかなという気がしています。
森永
森永
そうですね。「HHHの会」でも、メンタルヘルスとの関連でコミュニケーションが課題だという組織がありました。そこに健康というトピックを使いながらコミュニケーションを促進する、という取組みもありましたし、そういう意味での効果はとても大きかったと思います。
昨今、従業員みんなが共通経験をする機会が減っているとすると、「健康」という共通言語があって、例えば顔見知り程度の社員とエレベーターで一緒になったときに、その話をしておけば会話が続くというような共通の話題、共通の言語があるということは大事だと思います。

取材の様子

石見
石見
私どもは「健康経営Habi*do」を、健康が会社の風土になる、そんなサービスにしていきたいという想いを持っているんです。組織開発とまでは言えないかもしれませんが、健康というものは、そういうことができるポテンシャルを持ったものだと思っているんですよね。
さて、森永先生は、これからのご研究についてどんな展望をお持ちですか?
森永
森永
今回「HHHの会」で行ったようなチームアプローチと、大学院時代から研究を続けているジョブ・クラフティングを通じたやる気の自己調整というのを、Well-Being経営の傘の下で両睨みでやっていきたいと思っています。チーム(組織)で行う取組みと、個人で行う主体的な取組み、両方がないとWell-Being全体を高めていくのは難しいと考えています。「HHHの会」の取り組みを通じて、チーム単位の健康増進施策のジョブ・クラフティングを促進することの補完性みたいなものをより強く意識するようになってきたのです。
石見
石見
私たちも、組織や人のイキイキやエンゲージメントというのは、組織を取り巻く様々な課題に共通したテーマだと思っています。だから、私どもが提供しているHabi*doをベースにしたサービスは、健康の分野だけでなく、学習・研修トレーニングや日常のマネジメントなどの分野など、本当に多様な目的でご利用いただいています。テーマは違っても、一人ひとりが自律的に自分の目標を持ちながら取り組んでいく、それを仲間やチームで承認し合い、刺激し合うことで、成果に繋がっていくという構造は共通ですね。
森永
森永
SCSKさんなども、ずっと健康に取り組んでこられたわけですが、今の方向性としては、組織の論理でやらせるのではなく従業員一人ひとりが自律的に取り組むという方向に舵を切られているようです。また、健康だけじゃなくて学習を含めた能力面の自己管理にも横展開を進めておられるようです。そういう動きっていうのは、今後広がっていくだろうと思います。
石見
石見
それは私たちとしてはすごく共感しますし、勇気づけられるお話ですね。これからも、先生とも情報交換させていただきながら、よりよいサービスを提供していきたいと思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました。