人的資本とは、英語の「Human Capital」の訳。
その人が持つ能力を「資本」として捉えた、経済学上の考え方です。
「資本」だからこそ、投資で価値を増やすことが可能だと考えられています。
「人をまるでお金のように考えるのはいかがなものか」とおっしゃる方もいらっしゃいます。しかし、企業を支え、価値を生み出すのはやっぱり人。投資と書くと味気なく思えますが、ひとりひとりが才能を最大化させ、ぐんぐん成長に向かうことができれば、組織がより大きくより活発になるのはある意味当たり前ではないでしょうか。
今回は、「人的資本」の切り口から、働く人と組織の成長について考えてみたいと思います。
人的資本と人的資源の違い
混同しやすい概念に、「人的資源」があります。
最近、「HR」という言葉をよく目にしませんか?こちらは「Human Resource」の頭文字を取ったもので、「人的資源」を意味します。人を「資源」として捉える考え方です。
「人的資本」と「人的資源」、似たような言葉ですが、どこが違うのでしょうか。
【人的資本】
投資し、価値を増やすべき企業にとっての資本。
磨けば磨くほど輝きを増す。
その人が持っているスキルや能力だけでなく、もたらされる経済的な価値も含む。
【人的資源】
企業にとっては消費する存在。
そこにかかる費用は投資ではなく「コスト」。
あくまで「資源」なので、鉱山資源や環境資源のように、使えば使うだけ減ると考えられている。
これまでは「人的資源」の考え方が一般的でした。しかし今、この考え方に変化が起きつつあります。
アメリカにおける人的資本の情報開示義務化
2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)により人的資本の情報開示が義務化されました。アメリカの上場企業は、財務諸表だけでなくヒューマンキャピタルレポート(人財諸表)の提出も求められています。この背景には、近年のIT産業の急激な成長があります。
企業の経営資源で重要なのは次の4つです。
1.「ヒト」
2.「モノ」
3.「金」
4.「情報」
財務諸表には、このうち「2.モノ」と「3.金」の詳細が示されています。
大量生産が利益へつながる製造業などが産業の中心にあった時代は、とてもシンプルでした。「モノ」と「金」をたくさん持っている企業こそが、大きな力を持つ企業であり、それは財務諸表を見ればすぐにわかったことでもありました。
人的資本の情報開示が求められる背景
人的資本の情報開示が求められるようになった理由は2つあります。
1.「モノ」と「金」だけでは、企業の価値は測れない
最近のIT産業の台頭により、必ずしも「モノ」や「金」のある企業でなくても、大きな市場価値を生み出すことが可能になりました。この市場価値を生み出したのは、そこで働く「ヒト」の能力やアイディアです。
また、4つ目の経営資源の「情報」に関しても、単なる数値に新たな意味を加え、「情報」という資源を生み出せるのは、やはり「ヒト」です。
2.どんな状況においても対応できるのは「ヒト」
環境の変化が激しい現代では、どんな状況でも新たなサービスや価値観を生み出すことのできる「ヒト」の力が改めて見直されています。テクノロジーで解決できることは増えてきましたが、代わりにヒトでないと解決できない課題も、一層浮き彫りになってきています。
これらの流れを受け、もはや「モノ」と「金」の情報だけでは、企業の資産を判断するには不十分だと考えられるようになりました。その資源を客観視するために、レポートが必要になってきている、と理解ください。
日本における人的資本
上記はアメリカだけの話ではありません。この流れは、間違いなく日本へもやってきています。
2020年9月、経済産業省が「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」を発表しました。この報告書では、多くの企業において、人材戦略と経営戦略が結びついていないことが指摘されています。この人材戦略にはもちろん人的資本も含まれます。
日本で人的資本の重要性がまだ認知されていない理由には、もはや崩壊しつつある、典型的な日本の2つの雇用制度が関係しています。
・年功序列
・終身雇用制
多くの人材にとっては長期間ひとつの会社に勤めることが一般的で、雇用の流動性が低く、人材をコストとして考える考え方が主流でした。人材に投資するという考えはあまりなく、人的資本を活用できている状況ではありませんでした。これが報告書で指摘された日本の現状です。
SDGs・ESG投資と人的資本
その現状を打破する、大きな時代の流れがあります。最近目にする機会が増えた、SDGsとESG投資です。実はこれらも人的資本経営を後押しするものです。
SDGsと人的資本
SDGs(Sustainable Development Goals)とは「持続可能な開発目標」のこと。その中に掲げられた17の目標の中に、働き方に関するものが含まれていると知っていましたか?
SDGsの取り組みの一環として、日本政府は働き方改革やダイバーシティの推進に、企業は雇用環境の改善に取り組んでいます。SDGsの取り組みが世界的に盛り上がるのと同じスピードで、人的資本経営も世界規模で浸透していくと考えられます。
ESG投資と人的資本
ESGとは、「Environment(環境)・Social(社会)・Governance(企業統治)」の頭文字を取ったもの。この3つに取り組む企業は、長期的な成長を実現できる可能性が高いと考えられています。投資家はこのESGに取り組む企業に積極的に投資を行います。
Governance(企業統治)とは具体的には、ダイバーシティや人材育成への取り組みのこと。その中にはもちろん人的資本への取り組みも含まれます。人的資本経営ができているかどうかが、投資判断の重要な基準となるため、企業の人的資本への取り組みはさらに加速するでしょう。
人的資本経営の要 ピープルアナリティクスとは
ピープルアナリティクスとは、「社員のデータを収集・分析して、人材活用に生かす組織開発の手法」をいいます。
たとえば従業員の採用や育成、労働力の向上といった人事戦略。企業に多様性が求められるようになったとき、従来のように人事担当の経験や知識に基づいた判断で実施するといった、属人的な対応だけでは限界があります。そのため、企業には客観的なデータ分析と活用が求められています。
問題が起こったときも、ピープルアナリティクスによるデータは役立ちます。これまでは、「なんとなく」「以前は、こう解決したはず」と、勘や感覚に頼った判断を下すことが少なくありませんでした。しかし、IT技術の進化により、莫大なデータを蓄積し、分析できるようになり、問題点を可視化できるようになっています。
「ヒト」と「情報」をうまく組み合わせることによって、組織の資本がうまく活用されていくのです。
「ヒト」という見えない資本について、今一度、考えよう
あなたの会社は、従業員を「資本」として考えられているでしょうか?
「人件費=コスト」という時代は終わりました。あなたの会社がまだ「コスト」だという考え方であれば、その企業風土を見直す必要があります。
人的資本を活用するには、まずはその資本がどこに、どれくらいあるのかを把握し、最適な方法で増やしていく必要があります。それには、社員ひとりひとりの持つタレント(才能)や、まだ組織内で発揮されていない特異性を発掘しなくてはいけません。
データ収集方法にはタレントマネジメントの手法も有効です。社員のモチベーションや活動状況などがデータ化され、最適な職場環境や働き方が見えてきます。社員が自発的に、イキイキと働ける職場であれば、資本は自動的に増えていくでしょう。
従業員は資本です。時間をかけて投資を行えば、しっかりと成長し、付加価値を生み出すかけがえのない存在へと変わるはずです。従業員が共に成長していけるような、持続可能な企業を目指していきましょう。