Habi*do通信

【開催レポート】人的資本が企業価値を決める時代へ!「ISO 30414」の最新情報と課題を徹底討論

近年、注目が集まっている「ISO 30414」。日本でも人的資本の開発強化や人的資本情報の開示が投資判断の根拠になりつつあるだけでなく、業績向上・組織力強化に大きな影響力を及ぼし始めています。非財務情報が重要性を増すなかで、「人材やマネジメント力が企業の重要な資産である」という概念はますます広がりを見せています。

人的資本が企業価値を決めるこれからの時代に向けて、単なる人事データの収集や開示を目的にせず、真に人的資本価値を高めて企業価値を向上させるにはどうしたらいいのか?人的資本価値を高めるマネジメントとは?また企業が取り組むべき人事施策は?既に手探りで準備を始められている企業も多いのではないでしょうか。

今回の心理的資本セミナーでは、日本で初めて「ISO 30414リードコンサルタント/アセッサー認証」を取得された慶應義塾大学の岩本先生に、ISO 30414 の概要や最新情報をご紹介いただきつつ、人的資本価値を高める心理的資本との関連も探りながら、Be&Do石見との対談形式で人的資本を企業価値とするためのヒントや課題について徹底討論をお届けしました。

2022年2月24日に開催した心理的資本セミナーのレポートとなります。

パネラー紹介

  • 岩本 隆氏(画面左)
    慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授
  • 石見一女(画面右)
    株式会社Be&Do 代表取締役

ISO 30414とは?

石見
石見
今日は、この3つのお話を伺えたらなと思っております。ひとつは「人的資本の情報開示がなぜ今注目されているのか?」、そして「人的資本情報開示のガイドラインとしてのISO 30414とはどういうものなのか?」、最後に「人的資本経営のこれからの展望」。
まず先生にレクチャーいただいて、その後いろいろご質問をしながら進めていきたいと思っております。ではまず岩本先生からISO 30414について概要をお話しいただけますでしょうか。
岩本
岩本
はい。ポイントだけになりますが、直近の動向をお話させていただきます。ISO 30414は、30400シリーズが人材マネジメントの規格で、その一つです。これまでの主な動きからお話すると、2008年にリーマンショックがあって、「人的資本経営」の重要性が強く認識されました。当時、実は「金融資本主義」がめちゃめちゃ世界的に叩かれて、これからは人材資本主義だという風潮になってきたんですね。今は、ステークホルダー資本主義というような言葉もありますけども、金融工学的に実態のないお金を動かすみたいなことじゃなくて、ちゃんと人が大事だということですね。「企業は人なり」と言われていますけど、こういうのをちゃんとやっていこうということです。
岩本
岩本
2011年に、ISOに人材マネジメントのテクニカルコミッティである、TC 260(260番目のテクニカルコミッティ)ができました。それを受けて、EUでは人的資本の開示が2017年から義務化され、2018年にISO 30414が出版されました。そしてアメリカで2020年から人的資本の開示が義務化されました。ただ現状ではメトリック(測定基準)は任意なので、全ての上場企業が開示できてはいないという状況です。メトリック(Metric)は、もともとメートル法のものさしのことなんですけど、これが経営の世界に転じて「測定基準」の意味合いで使われています。
もう一つは産業構造で、これはS&P 500ですね、アメリカの企業が中心ですけど、アメリカは製造業からサービス、ソフトウェアの産業に80年代から大きくシフトしてきていて、今アメリカの企業価値に占める無形資産の割合は90%近くにまでなっているんですね。

岩本
岩本
そうしますと、財務諸表を見て金融工学的に分析しても投資判断なんかつかないということですから、人的資本をちゃんと開示してもらわないと投資判断もできないということです。無形資産は人的資本だけではないんですけど、1番重要なのは人材だということで人的資本の重要性が高まっています。
日本ではどうなのか?というと、今年の正月に昨年末の株価を調べたんですけど、まだまだ企業価値に占める無形資産の割合が低い会社も多いんですが、アメリカ並に80~90%いってる会社も60社くらいあって、早晩日本も「ものづくり」から「ことづくり」って言われるように、人的資本の重要性が産業構造的にも高まっていくだろうと思われます。ちなみに、株価が変動すると変わってくるんですけど、直近で無形資産が80%以上の企業はこちらです。

岩本
岩本
次に、ISO/TC260の話なんですけど、2011年に立ち上がって33ケ国が参加していますが、メインは米国、英国など11ケ国が活動してきたと言われています。残念ながら日本はオブサーバーでして、貢献はほとんどできていないと聞いています。この1月時点で24の規格文書が出版されていて、+αで10の規格が開発中です。ワーキンググループが13ありまして、各グループでそれぞれの領域の人的資本をどうデータ化するのか開発を進めています。
こちらが出版済みの規格文書ですが、


 

岩本
岩本
企業文化とか採用系とか様々な領域があるんですけど、30414は「内部外部への人的資本レポーティング」のガイドラインということで、わりと全体を網羅したものになっています。
30414は、外部への開示の方をメインによく語られるんですけど、内部で使うという意味合いもあって「内部および外部へのレポーティング」です。内部で使う時は、従業員向けに人的資本のレポーティングをして「うち(自社)の人材力ってこんなんですよ」ということを理解してもらうという目的で使われるということになります。
岩本
岩本
こちらが今開発中の規格で10個あります。文書番号にいろんな英語が入ってるんですけど、ISOって発行されるまでに7段階に分けられていて、今どのフェーズにあるのかを示しています。

岩本
岩本
30414は、HRマネジメントの11の人的資本領域における58のメトリックについて定量化するためのガイドラインで、大企業は、内部向けに58、外部(投資家だけでなく労働市場を含む)向けに23個、中小は内部向けに32、外部向けに10となっています。直近では11の人的資本に対応するTS(技術仕様書)が一通り揃って、あとダイバーシティとL&Dは追加で開発しています。ISO 30414の各メトリックの詳細は今説明しませんが、この表で人的資本領域で該当するところに×が入っています。

岩本
岩本
コストとか健康管理、well-being、コンプライアンスとか、他の部門と連携しないといけないような人事部門だけではちょっと閉じない内容もあるんですけど、こういった分野で定量化しようという動きです。この計算式や定量化の方法が規格として決められたということです。
ISO 30414は全体を網羅しているんですけど、それとTSとの対比表がこれです。これにダイバーシティも追加されますが、このような関係になってるということですね。

岩本
岩本
それでですね、ISO 30414が出たことが影響して世界中で外部に開示する部分についての政策が動いています。特にアメリカでは今法案が提出されていて、ISO 30414に基づいて上場企業が最低これだけは開示しましょうというのを義務化するという内容です。今ちょうど議論中で、並行して証券取引委員会が内容を詰めているところです。
アメリカの法案では、8つの人的資本領域で30近いメトリックを開示しましょうという内容になっています。これはISO 30414をベースにしていますので、それとの対比表を私なりに作ってみた表がこれです。基本的にはISO 30414に則っていればこの法案を守っていると考えていただくと良いと思います。

岩本
岩本
日本でも毎日のように日経新聞に載っていますけど、かなりいろいろ動いています。去年のコーポレートガバナンスコード改訂とか、岸田総理になってからの人的資本投資への強化の一環で、2月1日に内閣官房で「非財務情報開示研究会」っていうのが開始して、6月頃までに四半期で非財務情報情報を開示するという内容が取りまとまる予定です。日本もアメリカ、ヨーロッパに負けないように義務化をしていこうという動きです。
TC 260の主要メンバーが、グローバルでISO 30414を普及させようとネットワークを作っていまして、日本からは私の前職のメンバーの保坂氏が2021年10月に独立してHCプロデュースという会社で参加しています。
このメンバーで認証ビジネスを始めておりまして、ひとつは企業のレポーティングに対して、ISO 30414に準拠しているかどうかの認証ですね。世界のいろいろな国でやっていますが、HCプロデュースでも認証ビジネスをやっていて、日本の企業さんも認証を取る準備をしている会社が複数社ございます。
それから個人の資格認証ですね。これは組織の認証をするためのアセスメントをするコンサルタント資格みたいなものですけど、これも日本語での資格講座が昨年始まりました。実はこの資格は日本が1番盛り上がっていて、グローバルに取得した資格者の中で日本人が半分くらい占めているという状況です。
岩本
岩本
ISO 30414の認証を取るためのポイントということで言うと、大きく3つあります。一つは、58のメトリックについてデータ化できているということ、次に、データ収集・分析の環境が整っているということ。マニュアルでデータを集めないといけないのではなくて、SaasとかBIツールを使っていつでもどこでもデータの収集・分析ができるということですね。3つ目が、これらのデータが経営にちゃんと活用されているかということですね。その手順や手法が明確に定義されているっていうことです。データを整備するだけでは不十分で、ちゃんと経営に生かしていこうということです。
最近、欧米では人材情報だけの人的資本経営レポートを出す会社が増えてきています。ドイツ銀行とか、DWS、ここはISO 30414の昨年度の認証を取った人材レポートを出していますし、今は各企業なりにレポーティングしているんですけども、ISO 30414に準拠した形です。日本はまだ統合報告書にHRを組み込んでいる企業さんが多いんですけど、HRだけでまとめ始めている企業さんも増えてきています。
日々動きがあるのでアップデートする必要はありますけど、今日時点での情報ということでシェアをさせていただきました。

日本の産業・企業の無形資産

石見
石見
ありがとうございました。2008年のリーマンショックからこういう動きがあったということに非常に驚きました。日本って人を大事にする国だと思ってきたんですけど、今言われているように従業員の給料が上がってこないとか、そもそも人材育成の投資が先進国の中では非常に遅れている感じがあって、こういう世界的な人的資本経営の流れのキャッチアップも日本はちょっと遅かったってことですかね?
岩本
岩本
そうですね。日本は経済産業省に規格とか標準化の部署があるんですけど、ハードウェアの規格に関してはものすごく熱心にしてるんですよね。ところが、今ISOでもテクニカルコミッティがたくさん立ち上がっているサービス業やソフトウェア産業といったところには意識が弱い印象があります。ハードで戦後成長してきたという「ものづくりの遺産」みたいなのがあるのかもしれないですね。なのでISOのサービス関係のテクニカルコミッティには、きっと声はかかっているはずなんですけど、ほとんど日本は参加できてないですね。
石見
石見
今すごくお話を聞きながらショックを受けてます。
岩本
岩本
そうですね。実は今はもう、日本のGDPの70%超がサービス業になってるんですけど、サービス業の生産性が製造業の70%くらいなんです。なので、サービス業が増えて生産性が下がって、日本の経済力ってどんどん落ちていってるんですよ。サービス業をちゃんと体系化して生産性を上げるってことをやらないと日本経済って大きくならない。
石見
石見
きっと製造業にしても、結局そのベースにある発想力やマーケティング力っていうのは、単にものを作ればいいっていう話でもないじゃないですか。発想の部分っていうのは、まさしく無形資産になるかなと思うんですけど。
岩本
岩本
そうですね。製造業の場合は、よく日本は金太郎飴型と言われますが、質の高い金太郎飴を作るのはものすごい得意で、みんなが質の高いものを作れるんですけど、結局、金太郎飴なんですね。今、ICTのビジネスとかGAFAとかもすごい伸びてますけど、ソフトウェアとかサービス業になると、金太郎飴ではだめで、個々を活かしていくことが重要になってくる。今、AIの人材を年収何千万で雇うみたいなことも日本では言われていますけど、そういったとんがった人を活かしていかないといけないわけです。私はよく「プロスポーツ型になってきた」って言ってるんですけど、これからの産業を考えたときには、プロスポーツ型のマネジメントをしないと、金太郎飴ではなかなかGAFAとかには勝っていけないんですね。
石見
石見
ちょうど先生も先ほどの資料の中で無形資産の比較をされていましたけど、日経新聞さんにもちょうどデータが出ていました。アメリカの企業価値に占める無形資産の割合は、1995年は17%だったのが2020年には90%になり、欧州企業でも75%。一方日本は、まだ32%であると。無形資産が企業価値の源泉になると考えると、この事実はめちゃつらいですよね。
岩本
岩本
某大手企業さんとも先日もこの議論したんですけど、いわゆる有形資産価値よりも時価総額が低い会社って、さっきお示ししたようにTOP500社のうち162社もあるんですね。これは、有形資産が資産ではなく負債になってるんじゃないかと。工場を持っているがゆえにモノを作らないといけないけど、作れば作るほど赤字を垂れ流すビジネスって、結構みなさん抱えているらしいんですよ。やめたくても労働組合との交渉もあったりしてやめられなくて有形負債になっている。でもそれをみんな蓋をして経営をしているっていうのが実態ではあるみたいですね。
石見
石見
でもそう考えていくと、今回のISOのガイドラインが示されるっていうのは、型を求める日本人としてはありがたいガイドラインなのかもしれないですね。
岩本
岩本
実は数年前までは、いろんな企業さんから「HRテクノロジーとかデータ活用とかをやらなきゃいけないのはわかっているけど、何からデータ化したらいいんでしょうか?」っていう相談が、ものすごく多かったんですよ。ISO 30414が出てきてくれたおかげで、「まずISOの58のメトリックでデータにすることから始めたらいいんじゃないですか」って言えるようになって、ものすごく楽になりました。これで随分やりやすくなったと思いますね。
石見
石見
無形資産をどう測るか、メトリックに関しては任意になっているとのことでしたが、基準値をどう置くのかとか、何をもってそうだと言えるのか、っていうところまで課題かなと思うんですけど、いかがでしょうか?
岩本
岩本
そこが実はツールベンダーからするとビジネスチャンスなんですね。アメリカではベンチマークのビジネスをやってる会社が結構あって、例えばエンゲージメントとか生産性とか人的資本ROIとかいろんなメトリックに対して、たくさんの企業のデータを持っているんです。例えば「金融業界のTOP企業は人的資本ROIは◯%で、ボトム企業は◯%で平均◯%です」みたいなデータを持っているんです。みなさんがISOに基づいてデータ化したときに、これって業界水準でどうなのか?っていうことを調べる時には、こうしたツールベンダーにお金を払ってデータを取得する、というようなビジネスになっています。
これ、実は日本の人事コンサルファームはみんなそこはビジネスチャンスだと思っています。その辺のリアルなデータを持っているとすごく強いので、そこはみなさんやろうとしています。
石見
石見
その先生の話の後でこの話をするのは恥ずかしいのですけど(笑)、当社は「心理的資本」をベースにしたサービスをしているんです。この心理的資本というのは何かと言うと、やりとげる自信とか、自律的な目標達成を促すエンジン、心のベースの部分なんですね。
実際、先ほど先生が仰ったみたいに、個の際立った人がこれから重要だというときに、日本的な事なかれ主義では、そういう人は活かされなくてイノベーションが起こりにくいわけです。心理的資本を高めることによって、自分に対してポジティブな自信を持って挑戦的になっていけるので、この考え方がアメリカを中心に注目されてきています。
実はこの心理的資本を測定する診断ツール(Saas)をこの4月にリリース予定なんです。まだまだβ版なので、初年度1年間は完全無償でいろんな企業さまにお配りしようと思っているんですが、心理的資本が高まると業績が最大25%高まるという研究結果もあるので、実際どう成果が上がるのか?っていうことも、この指標を使って追求していきたいなと思っています。
岩本
岩本
今ここのツールって世界中で出てきていて、マーケットはまだまだこれから立ち上がる感じなんでしょうけど、ここのデファクトスタンダードになる、つまり広がったもん勝ちっていうのはありますよね。ISO 30414のメトリックの中でもサーベイ系のものって結構あるんです。HRのレポートに、どういうサーベイをしたかも明記されるので、最近だとリンク&モチベーションのモチベーションインデックスみたいなものがよく使われていたり、SAPさんは独自で企業の健康度合いを計る指標を作ったりしています。同じツールを使っていると比較ができるので、ツールベンダーからするとデフェクトスタンダードを取りたいわけですよね。well-beingの領域はその熾烈な争いがこれから始まりそうな感じです。

人的資本のKPIとダイバーシティ

石見
石見
心理的資本の情報公開となると、KPIを示していくことは良いことだと思うんですけど、例えば◯%多様性を活用していますっていうような、数字合わせになってしまうのが危惧するところでもあるんですけど、そこはどう思われますか?
岩本
岩本
そうですね。そうなると良くないんですけど、認証の基準でよく言われるのは、レポーティングする時に、海外では「ナラティブ」って言葉がよく使われていまして、このナラティブって、訳すと「物語」なんですね。「ストーリー」は一方的な物語なんですけど、「ナラティブ」っていうのは「聞く相手が腹落ちする物語」のことなんです。
この認証は「ナラティブにしないといけない」ので、まずは経営戦略があって、そのためにはうちにとってこういうKPIが重要で、そのためにはこういった活動をしていますっていう、そういう物語=ナラティブが必要なんです。説明の中に可能な限り数字を入れた方が納得感があるので定量化は重要ですし、定量化できないところは定性的にでもナラティブになるように説明できないといけない、というのが基本としてあるんですね。そして目標や成果も明確にしていくための数値化できるものとして、ISO 30414のガイドラインができたってことです。
石見
石見
そうなんですね。それを聞いてすごく安心しました。数字合わせに走ってしまうと絶対にいけないんじゃないか?と思っていたのですが、結果論の数字合わせじゃなくて、その数字の妥当性というか、そこにナラティブが求められるっていうのがすごく納得ですね。
岩本
岩本
情報を外部に開示するときは、投資家が腹落ちするか?っていうことですし、内部に開示するときは、従業員が腹落ちするか?ということですね。企業の人材戦略に対して、末端の従業員が本当に腹落ちしているかどうか、そこが実は最も重要なところで、そのツールとしていろんなデータを活用していきましょうっていうことです。
石見
石見
経産省が出された「人材版 伊藤レポート」令和2年9月のを拝見していたんですが、いろんなKPIを設定されている例があって、例えばノバルティスさんは、生産性を向上させるために3種類のタイプの人を定量的に測定して職位別にバランスよく存在するようなKPIを設定されてるんです。今まで全くなかった視点ですよね。日本では、女性管理職が◯%だとか外国人比率が◯%だとかに着目しそうですけれど、そうではないKPIが設定されているのが、めちゃくちゃユニークだなと思いました。
岩本
岩本
そうですね。伊藤レポートに「知と経験のダイバーシティ」ってありましたけど、ダイバーシティは大きく2つに分けられると言われていて「デモグラフィックダイバーシティ」と「コグニティブダイバーシティ」があります。
デモグラフィックは性別とか「変えられないもの」で、一方、コグニティブは「認知的」という意味ですが、思考特性やスキル、経験など「変えられるもの」という風に定義されています。日本はデモグラフィックの方ばかりを頑張っているんですけど、今、デモグラフィックダイバーシティは業績とほとんど関係がないという論文が結構出ていて、むしろコグニティブが重要と言われています。思考特性の異なる人をチームに混ぜるとか、チームのリーダーがコグニティブなダイバーシティをうまくマネジメントできるとチームは生産性が何倍も上がっているみたいな論文が結構出てるんです。
KPIとして、このコグニティブダイバーシティが実は世界的に一番注目されていて、ノバルティスさんなんかはその辺を先取りされているんだろうなと思いますね。
石見
石見
めちゃめちゃ大事な視点ですね。本質的なダイバーシティや人材活用が重要だと。この伊藤レポートには小林製薬さんの事例も載っているんですけど、新たなアイデアの創出が企業価値に繋がっているということを示すために、全売上高に占める新製品の起用率をKPIに設定していると。売上を上げているものに対してどれだけのソフトパワーが影響しているのかを見ていくということですよね。

人材投資と人材育成について

石見
石見
ISO 30414ってガイドラインなんですけれど、絶対取っておかないといけないものというより、これを取ることでいろんなことが整備されやすいというようなものなんでしょうか。
岩本
岩本
ガイドラインって5年後にアップデートすることになっているので、アップデートは2023年ですね。さっきのヒューマンキャピタルインパクトの中心メンバーで、TC 260の24個の文書のうち、最初に30414をリクワイヤメントにしたいなと議論しています。ただ、それよりも早くさっきのアメリカの法案がもし成立したら、ISOより先に政策が動く可能性はありますね。
石見
石見
日本はますますその辺りに関してのキャッチアップをしていかないと遅れちゃいますよね。
岩本
岩本
そうですね。標準を作るところにはもう出遅れてしまったので、標準に従うところで、今ものすごい勢いでキャッチアップしようとしている感じですね。キャッチアップは日本は得意なんで。悲しいですけど(笑)
石見
石見
具体的な企業側の施策として、やっぱり人材の育成という課題が大きいのかなという気がしていて、先進国の中で日本は1番人材投資が少ないというのもあると思うんですけど、そういったトレーニング関係のサービスも盛り上がってきそうでしょうか。
岩本
岩本
ISO 30414の考え方としては、人的資本に対してどこの領域にどう投資していくと業績が上がるか?っていうのを、CHROもCFOと同じように数字で四半期ごとに見ていけるようにするっていうのがあって、人材を資源ではなくて資本として捉える、つまり投資家対象っていうことなんですね。
11の領域をお示ししましたけど、どこにどう投資していくのが今自社にとって最も効果的なのか?っていうことを、CHROが数字でちゃんと経営会議で語れないといけない、投資をしていかなければいけないってことなんですね。
人材育成も投資のひとつですが、その投資とリターンの関係性をちゃんと数字で追っていくということです。効果のない研修っていっぱいあると思うんですよ(笑)もうちょっとちゃんと効果を出していこうってことと、個別化していこうっていうのが、今の動きです。
自律っていう話がありましたが、個々が自律していくためにラーニングも個別化していきましょうっていうことで、ラーニングのツールがいますごく盛り上がっています。人事がひとり一人の従業員に「あなたはこうやってね」ってできないので、AIなどテクノロジーを使って、自分でスキルのデータを入れるとトレーニングがレコメンドされて、そのトレーニングを受けていくとどんどんスキルがアップしていくというような、そういうテクノロジーツールを導入する企業が増えてきています。
石見
石見
個別学習化も進んでくるし、今ほんとにいろんな学びの場にアクセスできる環境にはあると思うので、人材の育成の仕方も変わってくるんでしょうか。
岩本
岩本
そうですね。上司が部下を育成するんじゃなくて、個人が自分で勉強していく、そのためにテクノロジーのツールもサポートしてあげるし、上司はその環境を整えてあげるっていう形になっていくでしょう。個々が自分で学んでいく、プロスポーツの選手とコーチみたいな関係になっていくんじゃないですかね。
石見
石見
すごいワクワクしてきましたが、なんかISOって聞くともっと堅苦しくて基準に定規を照らしてやるのかなって気がしてたんですけど、人材というテーマになると見方も変わるし、違うんだなという印象がありますね。
岩本
岩本
そうですね。ファイナンスと違って人材が難しいのは、まず人間を完全にデータで語り切れないので、できるところまではデータ化しつつも、その後は人間の判断が入ってくるという点ですね。ファイナンスの場合は、投資金額に応じてリターンを計算できるんですけど、人材の場合は投資をしても価値が2倍になる人もいれば、効果がなくて価値が上がらなかったということも起こりうるんですね。そこが難しいところなんですけど、それもスポーツの世界などでデータの凡例のテクノロジーが進化したので、人間科学の一部分は科学的にできるんじゃないかと思いますし、そうやってデータを使えるところは使っていけばいいんじゃないかなと思いますね。
石見
石見
今はいろんな分析ツールもありますし、データが転がってますので、それをどううまく活用していくかっていうところなんでしょうね。すごく面白いですし、いろんな展望が見えてきたような気がします。

質疑応答

石見
石見
いくつかご質問をご紹介していきたいと思います。
まず、「離職率の公表など、企業が隠したいものも可視化できるといいと思うのですが、非正規雇用者の離職率なども今後のメトリックに入っているんでしょうか?」
岩本
岩本
入っています。ワークフォースって言われてるんですけど、インターナルワークフォースが従業員、それとエクスターナルワークフォースの両方を開示しないといけなくて、非正規やコンサルタントなど外部のいろんな発注先とかも入ってるんですね。ただこれって人事が把握してないことが多いので、どこの企業もこのデータを集めるのに苦労されています。ドイツ銀行なんかは、うちは外部人材とはうちのビジネスとは直接関係ないので開示しませんって書いてたりしますが、基本的にはISO 30414においては外部の人材も含めてレポート対象になるということですね。
石見
石見
透明性がより一層求められてくるということなんですね。日本の企業の皆さんも、今からでも準備しといた方がいいですよね。
岩本
岩本
そうですね。特にアメリカに上場している企業は法案が成立したら全て開示しないといけなくなりますので。
石見
石見
2つ目の質問は、「管理職になる基準が明確になったら組織の環境も良くなるんじゃないでしょうか」っていうことなんですが、そういう評価みたいなことも公表対象なんでしょうか?
岩本
岩本
リーダーシップっていうメトリックがありますし、あとサクセッションプラン二ングっていうのもあります。このポジションは重要であるということを「クリティカルポジション」として定義しているんですが、そのポジションに対して社内でどれくらい人材を育てられているのか?っていうメトリックがあるんですね。例えば、今その人がいなくなったら、補充するのに1年から3年かかるとか、そういったものを数値化する項目があります。ISO的にはそれをパーセントを示すだけなんですけど、それをしようと思ったら、クリティカルポジションがどういうポジションで、どういう人材でないといけないというのを明確化しないといけない。こういった管理職になる裏付けを可視化するっていうのは必要になってきます。
開示する部分は表向きのところだけなんですけど、それを意味のあるものにするにはちゃんと定義していく必要があります。
石見
石見
確かに今までだと、なんとなく社歴が長いからとか、ちょっと曖昧な基準で昇格が決まるところもあると思いますけど、そのあたりもクリアになってくるってことですね。
岩本
岩本
そうですね。結構みなさん悩んでるのは、今いる管理職をどうするかっていうことに悩まれていて(笑)、ものすごい管理職トレーニングされていますね。
石見
石見
次の質問は、「人的資本の開示や人材への投資について経営陣に説明、説得するのが難しいと感じています。どうやって説得していけばいいのか?」というご質問なんですけど、先生何かいいアイデアありますか?
岩本
岩本
それをサポートするためのISOっていうことでもあります。データが揃ってくると、58のメトリックの関係性も見えてくると思うんですよ。あとは時系列にデータを見ていくと、この数値上がったからこれ上がりましたよねっていうのが見えてくる。単に数字合わせじゃなくて実感としてもそういうことが腹落ちしていれば、それが説明ツールになって、ここにこれだけ投資したらこれだけ業績が上がりますよって説明できるようになる。ファイナンスと違って人材は時間がかかるので、中長期にはなりますが。
先日も某メーカーの役員会で講演したら、会長、社長がたまたま人事を経験したことのある方だったんで、「ここにもっと投資をしろ」って、ものすごい言われていましたね。そこの会社は従業員エンゲージメントとか一人一人のキャリアに対して力を入れ始めていて、そこにもっと投資すべきだと。経営企画とかファイナンスの人も納得させるには数値化しておかないといけないですし、それをサポートするツールとしてISO 30414を使っていただければと思います。
石見
石見
やっぱり、経営陣の方々も「人が大事」だと絶対思ってると思いますが、ステークホルダーを納得させて投資に踏み込むためにも、裏付けとしてのデータが重要だし、そこにISOを活用していただければっていうことですね。

最後に

石見
石見
今日先生のお話を伺って、私もISO 30414をちょっと誤解してたところもあったかなと思いました。ますますISO 30414は有用だなと思いましたし、人材というわかりにくいものをいかにわかりやすくするか、というメソッドが入っているとわかって引き続き勉強したいなと思いました。
先生、ぜひ、みなさんにこれからの展望も含めて一言いただければと思います。
岩本
岩本
今までの日本の人材マネジメントのあり方は、質の高い金太郎飴型だったんですけど、やっぱりこれからはプロスポーツ型です。一人ひとりが自律して実力を十二分に発揮すると同時にポテンシャルも伸ばしていく。そういう一人ひとりがイキイキとする個別化された人材マネジメントが重要だと思います。これはものすごい天才的な人事マンがいても相当大変なので、底上げのところはテクノロジーを使って、人間でしかできないところに人間の時間を費やしていくといいですね。プロスポーツ型のマネジメントに変革していくっていうのが、これから求められるんだろうなと思います。ちょうど青山学院大学が今年の箱根駅伝で「自律へ」って言っていましたが、あれが企業にもすごく当てはまるなと思います。
石見
石見
人材にフォーカスされるようになってくると、一人ひとりがもっと自律的に仕事に向き合えるかなと思いますし、ますます楽しみになってきました。ありがとうございました!