Habi*do通信

【開催レポート】倍速で人材の成長を促すには?サスティナブルキャリアと企業の競争力

「人生100年時代」や、70歳までの雇用を努力義務とする「高年齢者雇用安定法の改正」など、個人のキャリアと企業の人材活用を取り巻く環境が、今、大きく変革の時代を迎えています。

将来の見通しが立たず猛烈なスピードで目まぐるしく変化する社会の中で、企業が競争力を持って生き抜くためには、社員ひとりひとりに予めレールを用意するのではなく、社員自身が生き方や働き方をどのように考え、選び、創り、学び、行動していくような「サスティナブル(持続可能な)キャリア」を歩む機会を創出していくことが求められるのではないでしょうか。個人も組織任せにせず、自律してキャリアをマネジメントしていく必要性が高まっています。

今回の心理的資本セミナーでは、大手前大学の北村雅昭教授に個人が持続可能なキャリアをどう築いていけばいいのか?のヒントをお聞きしながら、ロート製薬株式会社の人事総務部長 河崎保徳氏から、副業や社内ダブルジョブをはじめとした企業と個人のWellbeingな関係を作る様々な仕掛けを使って、人材成長促進に取り組まれている裏側をご紹介いただきます。個人×企業が互いに倍速で成長し続けるためには何ができるのか?本音で議論しました。

2021年12月23日に実施した心理的資本セミナーのレポートとなります。

パネラー紹介

  • 北村 雅昭 氏(画面左上)
    学校法人大手前学園 大手前大学 現代社会学部 教授
  • 河崎 保徳 氏(画面下)
    ロート製薬株式会社 執行役員 人事総務部 部長
  • 橋本豊輝(画面右上)※モデレータ
    株式会社Be&Do 取締役/COO

サスティナブル(持続可能な)キャリアとは?

橋本
橋本
今日はサスティナブルキャリアをテーマにお二人からお話しを聞いていきます。どうぞよろしくお願いします。
では北村さん、早速なんですが、サスティナブルキャリアの概観についてお話しいただけますでしょうか。
北村
北村
「持続可能なキャリア」という考え方は、2015年くらいから盛り上がってきている概念です。先が見えない時代にあっても「あなたはキャリアの終わりにこの生き方でよかったと言えますか」という問いにイエスと答えられるようにしたいというのが、「持続可能なキャリア」の背景です。
キャリア研究はアメリカ発のものが大半なのですが、この持続可能なキャリアの研究はヨーロッパ発で、オランダのファン・デル・ハイデンとベルギーのデ・フォスという2人の女性研究者が提唱したものです。一つにはヨーロッパから出てきていること、もう一つは女性の研究者から出てきていること、この2つの特徴がキャリア論に大きな影響を与えています。一昨年「Journal of Vocational Behavior」に特集が組まれたことを契機にすごく注目を集めつつあります。
この持続可能なキャリアが提唱されるようになった背景ですが、キャリアが置かれる環境が激変したということがあります。4つの次元で大きな変化があったと言われていますが、とりわけ2つの次元における変化が重要な意味を持っていると僕は考えています。
北村
北村
ひとつが時間です。今の人生100年時代という考え方が広がった結果、人々がキャリアをすごく長い時間軸で考えるようになりました。一方で、グローバル化とデジタル化の影響によってキャリアがこの先どうなっていくのか見通せなくなり、不透明性・不確実性が高まったという問題があります。すなわち、人生は長くなっているのに、その長い人生の先がまったく見通せなくなってきているというのが今の状態です。そういう、ひとつ間違えば持続可能でなくなるキャリアをどう生きていったらいいのかを考えるのが持続可能なキャリアです。
もう一つが、コンテクスト(文脈)です。転職することが増えていろんな会社を経験するようことが珍しくなくなりました。また今の時代、仕事が100%ではなく家庭や地域とのつながり、趣味などを人生で大切にされる方が増えて、仕事とプライベートがお互いに影響を及ぼしあうような関係になっている。つまり、新たな組織への適応や仕事のみでキャリアを考えるのではなく、地域とか趣味とか家庭とかを含めてキャリアを捉える視点が必要になってきたということです。

北村
北村
持続可能なキャリアの定義には4つのポイントがあります。
1つ目が「いろいろなパターンのキャリアの繋がりを考える」ということです。一直線に頑張り続けることだけがキャリアではないし、働いているときと働いていない時があったりもする。そういういろいろなパターンをつなげて、その繋がりの中でキャリアを考えるということです。
2つ目が、さっきも申し上げたように、組織や、家庭や友人や趣味などいろいろな社会的空間の中でキャリアを考えるという「文脈」です。
3つ目が「個人の主体性」です。選択肢がすごく広がっていて、その決定権が個人にあるということが改めてポイントの3つ目として言われています。
4つ目が「意味」です。現時点でのキャリアの意味というのは、ものすごく多様になってきています。人によってキャリアに求める意味が違いますので、こうした多様な価値観を企業が理解しサポートしていくこと、個人も仕事からうまく意味を引き出していくことが求められると言われています。
持続可能なキャリアというのは、次のような図で描かれます。

北村
北村
左の方に、個人、文脈、時間と書いてありますが、キャリアを考える文脈として「個人」とそれをとりまく「文脈」と「時間」が大事です。2つ大事なポイントがあって、一つは、こういうキャリアを歩むためには「個人」に心理的資本が重要だということです。もう一つは「文脈」のなかでも組織との関係が重要ですね。
先ほど橋本さんの話にもありましたが、これまでのニューキャリア論は、あたかも「個人だけがキャリアのオーナー」のような言われた方をしていましたが、持続可能なキャリアの1番大きなポイントは「キャリアは個人と組織の共同責任だ」という点です。つまり、組織との関係をどう作っていくのかが非常に重要なポイントになります。
この図の右側に3つ丸があって、「幸福」と「健康」と「生産性」とありますが、この3つが持続可能なキャリアのゴールということになります。ここで見落としてはいけないのが「生産性」です。キャリアを持続可能にしていくためには、やはり組織にしっかり貢献して、組織からもキャリア発達の機会をもらうという、そういった関係を作っていくのが大事で、この3つの丸をどうダイナミックに整合させるのかというのが持続可能なキャリアの重要な目標になっています。
持続可能なキャリアの研究はまだ始まったばかりで萌芽的な概念なのですが、今の時代にフィットしたパラダイムだと思っておりますので、本日の議論を踏まえながら自分もいろいろと勉強させていただきたいとおもいます。

企業と個人が一緒にキャリアを作っていく取り組み

橋本
橋本
今VUCAの時代と言われますが、めまぐるしく変わる時代の中で多様性も高まってきて、その中でより注目度が高まってきているということですね。
河崎さんに伺いたいのですが、持続可能なキャリアは会社と個人が共同責任でキャリアを考えていくことに重点がおかれていますが、企業としてどんな風に双方が協力していくといいか、もしロートさんで取り組まれていることがあればお聞かせください。
河崎
河崎
北村先生のお話をお聞きして、僕は持続可能なキャリアというのはすごく大事なことだなと改めて思っています。コロナになってますます人の重要性がクローズアップされる時代になってきたと思うんですよね。ロボティクスとかDXとか言われてくるなかで、改めてそれらを使う「人」に照準を当てていく必要があるし、個人の成長の集合体が会社の成長になっていくと思います。
だから人が足りないという状況がこれから出てくるんじゃないかと。足りないというのは数というよりもむしろ質。例えばデジタルサイエンティストみたいな人って今は取り合いですよね。やはり専門性のあるキーマンはこれからどんどん人材不足になってくるので社内で成長を促していく仕掛けも同時にしておかないといけない。これからの先が見えない時代に生きていく時に、人の成長と会社の成長はイコールになるような施策を打っていかないといけないと思っています。
河崎
河崎
1番に考えているのは「自律と成長」です。人が1番エネルギーを出せるのは、自分が楽しい、やりたいと思うことをやっている時なんです。我々企業は、昭和のモノのない時代に、お金とか地位とかいろんな人参をぶらさげて人を走らせてきましたが、楽しいことや興味のあること、それが社会の役に立つよというような、そういうものに動機づけされる時代へ変わってきています。つまり自律っていうのは社員ひとり一人が自らのキャリアに真剣に向き合って考えるような人事の施策が大事になるんじゃないかと思うんですよね。
ご存知の方も多いかもしれませんが、ロートは2016年に製造業では珍しく副業解禁をしました。あわせて社内で2つ以上の部門にまたぐ在籍を会社が容認する「社内ダブルジョブ」という仕掛けをして、社員が「こんな経験を積んでいきたい」と主張し、それを会社が実現する後押しをするような制度をいくつか作ってきました。
橋本
橋本
副業とかダブルジョブを認めると本業がおろそかになるんじゃないかとか、一方でキャリア自律すると退職してしまうのではないかとか、そういった不安を持たれている経営者や人事の方もいらっしゃると思うのですが、そのあたりは実際どうでしょうか?
河崎
河崎
副業解禁するときの議論において、それは多くの企業の一番の懸念です。副業を解禁すると本業がおろそかになるんじゃないか、情報が漏洩するんじゃないか、本人が働き過ぎでストレスになって体を壊すんじゃないかとか、こういうネガティブな懸念がたくさん議論されて、今も多くの企業はそれを理由に副業解禁ができないのだと思うんですけど、この5年ほどやってきてほとんどその懸念はないし、むしろ社員の成長に繋がっているということがデータで取れてきました。

従業員の幸福とWellbeingな組織づくり

橋本
橋本
データでエビデンスが出てきているんですね!もちろん全てというわけではないかもしれませんが、会社として良い方向に向かうし、個人としてもやりたいことをやりながら成長できるし、その両輪が回るのかなと感じました。
北村さんにお伺いしたいのですが、サスティナブルキャリアの議論の中で、個人が企業にどう貢献していくか、生産性を上げていくかということが、しっかり入っているのが特徴的だと思うんですよね。副業を推奨したり、やりたいことにチャレンジをしてもらうことを後押しするために、会社としてできることってどんなところでしょうか?
北村
北村
持続可能なキャリアが口で言うほど簡単でないのは、働く人に対する見方の変化が必要だという点なんですね。これまでの企業は、その人の家庭やプライベートなことは置いておいて会社に来たらアウトプットを出してくれと、そういう労働力の部分で人を見ていたんじゃないかなと思います。一方、持続可能なキャリアの人間観というのは、働いていない時間、つまり家庭での生活などを含めてキャリアと捉えるので、人を丸ごと全人的に見ていくという、そういう社員の捉え方に変えていかなければいけないということです。
加えて、社員ひとり一人の幸福を実現しようとすると、かなり人事の個別化をやっていかなければいけなくなりますが、「社員の幸福を求めることが生産性に繋がるのか?」という部分を検証していかなければならないですね。部分的な実証研究はありますが、当然いろんな状況によって異なりますので、いろいろなケースについてどれだけ実証を積み重ねられるかが今後の課題だと思っています。
橋本
橋本
ロートさんはWellbeing経営も推し進めていらっしゃいますが、今のお話から思われることとか、実際にされてることはありますか?
河崎
河崎
当社ではWellbeing経営というものに今すごく向き合っています。これは、当社においては今出てきた概念ではなく、昔から「やはり社員が輝いていないと会社の未来は明るくないよね、いい仕事できないよね」という思いを持ってやってきたものです。これはさっき先生が見せてくださった3つの円が重なった、幸福、健康、生産性っていう、まさしくあの通りなのですが、それらをまとめて我々はWellbeingという言葉で言っています。
つい先日「Wellbeingポイント」という、たった5つの質問アンケートを全社員にとりました。あなたは社会の役に立っている実感がありますか?とか、仕事と楽しく向き合えて生活が豊かになった実感がありますか?とか、我々がWellbeingの根幹になるだろうと思っている5つのポイントを聞くことを、これから持続的に行っていきます。
会社を持続的に発展させていくということは、持続的に社会の役に立ち、持続的にお客様の課題を解決し、というように頭に「持続的」が付いてくるわけですが、つまり中長期視点で考えていくということを大切にしていきたいんです。短期的に売り上げて利益を上げていく、これは企業が生きるためにとても重要なことですが、こうした資本家や株主が求めるような短期的な指標を追っていくことで、すごく短期思考になってきていると思いますね。これを、やはり中長期もすごく大切なんだと見直したい。ここは日本企業のすごく得手なところでもあると思うんですよね。時間をかけて技術を開発して世界に貢献するとかね。
そういう意味で、社員が持続的にいいものを生み出せる土壌を我々が作っていくための「Wellbeingポイント」なんです。継続的に会社の経営の通知簿を社員につけてもらおうという試みなんです。みんなにも自律と成長をしていって欲しいんだということを伝えていくひとつの手法として、これから活用できるのではないかなと思っています。

人的資本としての「持続可能なキャリア」の開発

橋本
橋本
経営の通知簿というお話でしたが、ちょうど今、人的資本という非財務情報が重要視されてきて、企業の将来性にも大きく影響するという考え方が出てきています。サスティナブルキャリアの研究が活発になってきた背景には、こうした人的資本への注目もあるのかなと思うのですが、北村さん、いかがでしょうか?
北村
北村
これまでのキャリア論は個人の問題だと捉えることが多かったんですが、企業も人材に投資をし、そこから競争力を引き出していくという意味で、個人のキャリアは共同財産だと思うんですね。
その会社の社員が持続可能なキャリアを歩めているか?については、まだあまり尺度も開発されていないのですが、たとえばキャリア満足度とか、自覚しているエンプロイアビリティや健康度とか、あるいは組織市民行動のレベルとかをブレークダウンした形で、おそらく計測されていくと思いますので、こうした指標も使いながら企業が従業員の持続可能なキャリアをサポートする方向に向かっていくといいなと思います。やはり、社員の幸福が生産性に繋がるんだというエビデンスがあってはじめて企業経営は動いていくと思うので、ここはこれから研究の積み重ねが必要な部分だと思っています。
橋本
橋本
従業員が会社をフィールドとして自分のキャリアをどんどん進めていくんだという個人の変革も同時に必要なのかなと思います。河崎さん、そういった人材を育成していくために何ができるでしょうか?

ロート製薬が始めた副業解禁の裏側と成果

河崎
河崎
ここで少し、先ほどの副業解禁の背景について話させてください。実はロート製薬では、2015年に公募で集まった若い社員たちに「あなたたちが倍速で成長するには会社からどんな支援が必要か?」を会社に提言してくれというプロジェクトを走らせました。そこで出てきたのが、社外の副業や社内の兼業を解禁してほしいということだったんです。
そんなことを解禁すれば、あなたたちほんとに成長するの?サボるんじゃない?副業が本業になるんじゃない?とか、もちろんそんな懸念の声も出てきましたが、「社員の自律と成長を進めるんだ」とという経営の判断で、じゃあやってみようよ、だめだったらやめればいいし修正していけばいいんだ、ということでスタートしたんです。
これは、「私たちの成長には体験がいるんだ」ということなんですよね。たとえば22才で会社に入れば、成長期となるような32、3才くらいまでに体験できるのはせいぜい2部署くらいです。会社には50以上の部署があるのに体験できる仕事なんてほんの限られた一部なんですね。彼らは社外とか社内の別部署にも籍を置くことによって体験を増やさせてほしいと、こういう要望だったんですね。
河崎
河崎
ここから副業解禁と社内ダブルジョブという2つの制度がスタートしたのですが、そこにはいろんな仕掛けがあります。その鍵となるポイントは、「個人がやりたいことをやる」ということです。たとえば、動機がお金のため=収入補填のためにする副業は、嫌なことをするわけですから身体を痛めます。一方で成長のためという動機なら本人が楽しいことしかしません。ですからこれはストレスも含めて、すごく大きな本人の成長に繋がります。
ロートの全ての部署を、縦軸にワークエンゲージメント、横軸にストレスとして図にプロットすると、ストレスが低くてワークエンゲージメントが高い活性化している組織が右上に入ることになります。実は、副業者はこの右上に非常に多いということが明らかになっています。これはですね、活性化されている組織の人が副業で成長したいと思うのか、あるいは副業しているからやる気が出て本業にも良い影響を及ぼしているのか、その前後関係はわからないのですが、事実として4年半のデータで組織活性度、ストレス度、それと個人の本業の成果評価の伸び率は、副業している人の方が良いという実態が見えてきております。やはり個人のキャリア形成や、体験価値をどんどん増やしていくという仕掛けは、ロートにおいては、個人の満足度を高め、Wellbeing度を高め、人的資本の価値を高め、持続可能な組織に繋がっていく流れの入り口のひとつになっているような気がします。

従業員の能動性を引き出すために企業ができること

橋本
橋本
貴重なデータをありがとうございます。自分がやりたい、自分がこうしたいというWill(意志)に基づいて仕事や成長の機会を作っていくということが、本人だけでなく周囲の活性化にも繋がっているのかなと感じました。
北村さんにお聞きしたいんですが、サスティナブルキャリアの話の中に、能動的に仕事やキャリアに励んでいくプロアクティビティ(主体性)が大事だという論点がありましたが、今の話と関係していますでしょうか?
北村
北村
持続可能なキャリアを歩むためには、先が不確実であってもチャレンジしていく能動性が絶対必要なんですね。ただその能動性を引き出すためには、その個人が自分の人生にライフテーマや夢や理想像を持っているかというのがすごく大事で、何か辿りつきたいゴールがあるから色々チャレンジしたいっていうことになるんです。じゃあどうやったらライフテーマや夢を持たせることができるか?っていうのは、なかなかきれいな答えはないと。だからこそ、そこが求められているし、それができてくると持続可能なキャリアが動き始められるんだと思っています。
橋本
橋本
そうですよね。僕は最初から持っている人って意外と少なくて、本人が気づいていないことも多いんじゃないかなと思います。実際に行動を起こしたり、メンターや上司などとの対話を通じて、自分にはこんな強みがあるからこんなことで貢献したいかもとか気づいていくのかなと。実際ロートさんの中では、最初から夢や理想を持ってる人ってどれくらいいらっしゃる印象ですか?
河崎
河崎
最初入社したときは夢を書けと言ったらみんな語りますよね。毎年自己申告制度の中で、5年後のあなたは何をしていますか?とか、キャリアを意識させる質問がいくつかあるんですけども、どうだろう、、7、8割持ってる気がしますね。それが逆に40才を超え、それなりの中間管理職と言われる年齢になってきたときにどう変化していくかっていうのは、また別の問題でしょうけど。
橋本
橋本
それは企業と個人の関係性が、立場や状況によって変わるということですね。立場が変わったら、自分のことより会社の業績とか会社のミッションを重視しないといけないって思って個人のWillがそこで消えてしまう人も多いんじゃないでしょうか。
河崎
河崎
これも持続可能というところに多分繋がると思うんですけど、成果主義だとかJob型雇用を増やしていくとか色々な流れが日本企業の中にも持ち込まれていますが、一方で僕たちの使っている成果評価の仕組みは昭和の産物みたいな古いやり方なんじゃないかと。俗にブロック塀型って言われますが、新入社員を研修で育てて会社の役に立つ画一した人間を作っていくっていうような仕組みです。それだど、チャレンジしたい若い人の夢を、社会人経験が長くなれば長くなればなるほど削いでいくようなシステムになっていませんか?ということです。だから評価システムも変化させていかないといけないと思っています。
当社でも評価についてもいろいろ改善している最中なんですけども、数値化できたり目に見えやすい業績以外に、目に見えにくい評価にも同じくらいの大切な価値があるんじゃないかという議論を今始めていて、その運用が少しずつ動いているところです。
橋本
橋本
そうですよね。未来よりも過去の経歴とかこれまでやってきたことでブロック塀型で積み上げていく評価が多いですよね。
河崎
河崎
人事部門から言えば、ブロック塀型の方が、顔も名前も知らないけど入社何年目のどこの大学でてきてどんな成績っていう、画一化されている方がやりやすいんですよね。でも石垣型の人事というか、外国人採用もあれば障害者雇用もあり、LGBTとかも含めていろんな個性を活かしていくという、そういうマネジメント手法に変えていこうと思うと、一人ひとりを人事が見にいかないといけない。つまり、現場の近くに人事が分散していないといけないような運営になっていきますよね。そういうのを目指していきたいと思っているんですが、おそらくいろんなことを変えていかないとサスティナブルキャリアっていうのはなかなか達成できないんじゃないかなって感じています。
橋本
橋本
北村さん、サスティナブルキャリアにおいて企業は個人をどう評価するのかみたいなところは議論にあったりするのでしょうか?
北村
北村
評価の仕方というところまではわからないんですが、社員を一律の価値観で管理するのが難しくなってきているのは確かです。だから人事の個別化と言われるんですけど、実際問題としては、ある種のカテゴリーに分けてメニューを提示するようなやり方が現実的じゃないかとは言われています。僕が書いた論文でベルギーのKBC銀行の事例を紹介したんですけど、歳をとってやる気がなくなっていた人たちに最後だけはある程度働き方を選べるように5つのメニューを示したら、みんなすごく喜んでHappyになったみたいな話がありました。自己決定理論というか、自分で決めると満足度が高まるという事例です。
橋本
橋本
河崎さんにお聞きしたいのですが、そういった選択の機会や自分で決める場を作ることで自分自身のキャリアを考えるきっかけになったなど、社員さんの声として聞かれたことはありますか?
河崎
河崎
うちも自己申告制度を採用していて、何をしていきたいか、そのためにはどの部署で自分が活躍できると思うみたいなことを書いてもらうんですけど、実は、副業解禁してからその記載量がものすごく増えたんですよね。実際に副業しているのは社員の5%未満で、子育て中とか介護とか、やりたくてもできない人がたくさんいるんですが、この副業という選択肢ができたことで、もし自分ができるんだったら・・・と、要は視野が外に広がるんですよね。それがおそらく自己申告書の行数になって反映されてきているんだと思います。
実は、自己申告に書かれた内容を、経営トップや役員がどこまで見るかということが実はすごく大きな動機付けになると思っています。いろんな動機付けの仕掛けも、会社が大きくなっていく過程で手間がかからないような運用になっていってしまいます。でも本当に一人ひとりを大切にするという意思は、経営にまで反映されて初めて実践されると思いますし、自己申告書を読み込むとできるだけ実現させてあげたくなるんです。100%実現させるのは難しくて、今うちでは30%くらいなんですけど、それでも30%実現させるのは相当な努力が必要です。本人がやりたいと思っていることをしてもらうのが1番エネルギーが出ると信じて、そんなことを苦しみながらやっています。
橋本
橋本
他の人の様子を見て自分にもできるんじゃないかという良い波及効果(代理体験)が生まれているのかなと思いますし、経営者がちゃんとそれを見てくれている(承認)から、より貢献しようと思えるんじゃないかなと感じました。ありがとうございました。

さいごに

橋本
橋本
今日このセミナーを通じて、企業と個人がパートナーシップをしっかり結ぶことがお互いにとってwin-winであり、お互いの成長に繋がる良い好循環を両輪でやっていくことが大事だと改めて感じましたし、そのヒントを少しでも皆さんにお持ち帰りいただけたかなと思っています。最後にお二人から皆さんへメッセージをお願いします。
北村
北村
私は、これからの日本はこういうキャリア観でないと発展しないんじゃないかと思っています。ただ学術的にはまだまだ未熟なもので検証や実践を積み重ねていく必要がありますので、実践の結果や状況をフィードバックいただけたら大変ありがたいのでぜひお願いしたいと思います。
河崎
河崎
僕は今日のお話で、やはり個人の人生、生き方、生きる意義みたいなものと、会社の目標や成長の方向をどう合わせていくかっていうのが大きな鍵だなと思いました。だからこそ、もう一度企業のミッションやパーパス、理念というものに本気で立ち返る必要があるんじゃないかと。企業の役割がますます大きくなってきているなかで、企業が売上と利益ばかり追いかけて個人を労働力としてしか考えず短期思考で進んでいけば、社会はあまり明るくないんじゃないかと。だからこそ企業の理念みたいなものにもういちど立ち返り、個人は、自分の人生目標とどう擦り合わせるかということを一緒に考える、こういうことを仕組みのなかにどう入れていくかが僕は大事だという気がしています。
橋本
橋本
ありがとうございます。企業は改めて人を資源として使って終わりということではなく、資本として捉えなおしていくことが大事だと、今日の議論で改めて感じることができました。ありがとうございました。

番外編(セミナー終了後のこぼれ話)

北村
北村
持続可能なキャリアって、学者が書くと「綺麗ごと」で、実際にやるとなると相当な知恵とか工夫がないとうまく実践できないと思うんですよね。そういう意味で、ロートさんが社員を信じて副業解禁されたり、許可制じゃなくて届出制にされたり、同時に「やらない人」への配慮もしながら「やりたい人」の気持ちにも応えていかれているのが実に素晴らしいと思いますし、こういう地味な配慮や工夫の積み重ねがないと、持続可能なキャリアっていうのは実現できないんだと思いましたね。
河崎
河崎
ロートの場合は、今創業家の4代目がトップで会長なんですよね。やっぱり創業家っていうのは中長期の理念を追いかけられるんだと思うんです。社長は外部から来てもらった人ですが、短期や中期は社長がしっかりと綱引きをして、会長が未来ビジョンや夢を先導するという役割があってはじめて僕たちはできてるのかなぁという気もしています。だからロートでやっていることをどこの企業でもできるか?って言うと違うんじゃないかなと思うんですよね。
北村
北村
ある意味、社員を家族として見るような目線というか、先に会社が社員を信じるというのがないと社員からも信じてもらえないので、やはり創業家っていうのはそれがやりやすい立場なのかなぁと思います。
河崎
河崎
僕は人事の経験はまだ2年なんですけど、人事って社員を性悪説で見ざるをえないという考え方もありますよね(笑)。1,000人社員がいたら1人や2人が悪いことをするだけでも社名が新聞に載るので、それが起こらないようにルールをいっぱい作る。
実は副業を解禁したときに大きい企業さんがたくさん「話を聞かせてほしい」って来られたんですけど、その時に必ず聞かれたのが「副業における禁止要綱を書いたルールブックを見せてほしい」だったんです(笑)。でも、うちにはそんなものないんです。社員を信じるところからスタートしてるので。副業をして1人バランスを欠いて本業を疎かにする人がいたとしても、その1人のために他の999人が成長のチャンスを失うとか社会に目を向けるチャンスを失うというのは、それは違うだろうって、創業家オーナーっていうのは平気でできちゃうんですよね。みなさん、副業したら社内の秘密を社外に持ち出すんじゃないか?という心配をされるんですけど、「いやいや副業関係なく、情報持ち出す人は持ち出すでしょう、それ副業関係ないですよ」って(笑)
労務管理っていうのは、目を離したらさぼる人がいるという見方をするので、従業員に「自律」とか言っていても、企業はなかなか対等に従業員を見れないで、未熟な人間扱いしてしまうんですよね。これが昭和の人事制度の思想にあるような気がします。
事務局
事務局
先ほど北村さんが仰っていたとおり、「どうせ裏切るだろう」前提で性悪説で会社が社員を見ていると、副業に関わらず抜け道を探そうみたいな思考になるかもしれないですけど、先に会社が全面的に社員を信じると、信じられた社員はそう易々と裏切りづらくなりますよね。
北村
北村
河崎部長がおっしゃったとおり人事の分散化をして、何か問題があっても局所的な問題として対処できる仕組みが必要かもしれませんね。
河崎
河崎
今回コロナでリモートが一気に広がりましたけど、週に何日まで在宅していいのか?とか、人事にルールを作れって言ってくるんですよね。でも、製造部門はみんなリモートしたら製造ラインが止まって困るけど、企画部門は週に3日リモートしてもアウトプットは出せたりするわけで、そんなの部門によってバラバラなんですよ。それを人事が一律にルールなんか出せないですよね。だから「リモートワークは、効率よく使ってください」だし、あとは部門やチーム単位で運用を考えて「自分たちでルールを作ってください」、って現場に戻してるんです。これは「社員を子ども扱いしない」っていうことだと思っていて、子供を信用していない学校の生徒手帳が校則で分厚くなるっていうのと一緒ですよね(笑)。
橋本
橋本
そういう意味では、人事がパラダイムシフトを迫られている時代なのかもしれませんね。
河崎
河崎
おそらくこれから、人事は「人が幸せになる」という方向性と結び付けていかないといろんなことがうまくいかないんじゃないかなと。DXなどを推進するにしても、「この仕事をコンピューターに取られたら私の居場所がなくなる」って抵抗する人が出てくる。そんな風に人事が”人事屋”をやっていたらダメなんじゃないかなって感じたりします。
橋本
橋本
やはり人と向き合っていくということが、本来の「人事」なんでしょうね。

2月22日に、北村さんの著書が発売されます。
持続可能なキャリア: 不確実性の時代を生き抜くヒント
予約開始されていますので、ご関心のある方はぜひご参考になさってくださいませ。