Habi*do通信

ひとりの社員が新規事業を生み出せるに至った組織環境のリアル

私は子育てをしている30代の個人事業主です。10年以上前に新卒入社した某金融機関ではサラリーマンとして6年間勤務し、ひとつの新規事業を立ち上げ、自ら責任者として携わる経験をしました。10年以上経過した今でも、この経験が社会人の基礎として大事な成功体験になったと思っています。今回「組織」の視点で、どのような環境要因があったのかを振り返ってみました。リアルな当時の状況や心境をまとめてみたいと思います。

当時のリアリティを想像しやすくするため、私が所属していた組織の規模や業態を記します。

社歴(3社とも社員数5千名以上)
・1社目:生命保険会社 本社  営業推進
・2社目:デベロッパー 本社  事業企画
・3社目:放送・通信会社 本社 経営企画

プロローグ-念願の企画部門配属!

新規社内事業企画の発案から運営まで実施

新卒入社して3年目に念願の企画部門に配属されましたが、イメージしていたような華々しい仕事ではなく、日々データ分析や定例業務に追われながら、必死に仕事の仕組みや人間関係を体当たりで覚える日々でした。

難しい仕事ではありましたが、愛社精神の塊だった私にとっては全く苦ではなく、勤務時間外の通勤時間やシャワーを浴びながら頭の整理をしたり、隣の部署の面倒見の良い先輩や上司に相談したり。100近くある支社のマネージャーと電話やメールで雑談しながら、あらゆることに興味を持って情報をインプットしていきました。

2年経過してようやく全貌が見えてきた頃、「よし!新企画に挑戦してみよう」と取り組み始めたのですが、まあうまくいかないことだらけ。しかし紆余曲折あり、2年かけて企画をまとめたものが、新たな表彰制度として経営会議で承認され、自身で運営する経験をすることができたのです。

この企画、私はなぜやり抜けたのでしょう。

要因はたくさんあったと思っているのですが、個人の主観ではなく「新規事業を生み出せた環境」に着目して振り返ってみると、組織における「プラス要素」が「マイナス要素」より多く、成功を阻害する様々な困難に打ち勝てたのだと思っています。

立ちはだかった壁3選(マイナス要素)

壁①評価を下げたくない保守的な上司

保守的上司

大企業なら珍しくないのかもしれませんが、当時の上司は40代で、満足のいく年収やポジションにしがみつきたいタイプでした。家族もいらっしゃるし、そうせざるをえなかったのかもしれません。

大義名分としては企画部門として革新的でチャレンジングな目標を掲げていたものの、実務レベルの会話ではとにかく保守的で、ビジョンや夢を語ることはなく、当時新米部下であった私が余計なことをしないよう(私の思い込みかもしれませんが・・)睨まれていたように感じていました。

実際この上司に対しては常に怒られないようびくびくして業務にあたっていて、何かするにはこの上司の許容範囲でなければいけないと無意識に感じていました。

壁②部署の異性先輩からのやっかみ

やっかむ男性同僚

当時、5人程度の小さな部署にいましたが、前述の上司の次の年長者である先輩社員が大きな顔で部門内に居座っており、新米の私の言動に逐一口を挟んでは牽制してくるように感じていました。

既存の制度に対して意見しようものなら「これができた経緯を知らないのに口出ししないでくれる?」と一蹴され、現場の支社マネージャーとの会話を報告しただけでも「あの人と話しても無駄」「そんな会話して何になるの」ととにかくネガティブに返されたものでした。

今思えば年齢に対して対応が幼稚だなと感じてはいたものの、所属歴の浅い身分としては太刀打ちするパワーもなく辟易していました。

壁③同部門女子からの冷たい態度

同部門女子からの冷たい態度

これが何気に大きな負のパワーを持っていました。

部署の枠を超えた部門には、同年代の女性が多数いました。そのほとんどが職種の違う事務の方。話を聞くと愛社精神とは無縁の、淡々とトラブルなく最低限の仕事をして定時に帰りたいという派遣社員の方々。

最初は仲良くランチを一緒にしたり、雑談や飲みに行ったりという機会も多かったのですが、私が仕事に没頭するにつれて温度差から距離を置かれるように。わかりやすく「ハブ(仲間外れ)」にされていったことで居心地が悪くなったが気づいたときにはもう遅く、目立った行動を控えるようになっていきました。

このようなマイナス要素があったものの、私のモチベーションは負けることなく打ち勝ったのです。跳ね飛ばしたプラスの要因は大きく4つあったと考えています。

プラスの要素4選

プラス要素①創業者の志を直接感じる機会

経営トップとの対話

当時の会長であった創業者本人から創業当時の苦労話や夢を描いていた心境を聞く機会が何度もあったことは、イノベーションを起こすことに対する大きな決意につながりました。

「こんなすごい方が、自分の年齢くらいの頃に大変な経験を何度もしてきたんだ」「自分の苦労なんて大したことない」という気づきを得たと思います。

また直接対話する機会もあり、それはそれは刺激的で、帰属意識が強まるだけでなく、自分の思いを聞いてもらえたことで責任感や達成意欲も保たれたし、「この期待に応えたい」というモチベーションの原動力になっていたように感じます。

プラス要素②担当役員の理解

笑顔の担当役員

所属していた部門の担当役員とは良好な関係を築けていました。(反面、それが前述の女性から嫌われる一因になっていることも間違いないですが。)

そのため、施策を進めるにあたっての進捗については都度雑談レベルで報告・相談することができたため、この役員を通して、いわゆる外堀は確実にうめていくことができました。

また、この役員がいつも(メンバーの前では)ニコニコしている方で、自然に前向きな気持ちになれたということも大きかったと感じています。「この役員を失敗させるわけにいかない。私の施策を成功させて役に立ちたい」という気持ちも強まっていきました。

プラス要素③隣の部署の上司からのアドバイス&隣の部署の先輩からの応援

隣の部署の先輩

5人しかいない少人数の部署でありましたが、前述のとおり上司はアグレッシブな企画には消極的で、同じ部署の先輩も私に好意的ではなかったため、企画を相談する気になれず孤軍奮闘していました。といっても、社会人としても企画部門としてもまだまだ新米の25歳。ひとりでやり切れるはずもなく、当然のように煮詰まっていくことになりました。

その時に手を差し伸べてくれたのが、右隣の部署の上司Aさんと、左隣の部署の先輩Bさん。

Aさんは私にとって雲の上の存在で、「ザ・エリート」といった自他ともに認める厳しい方。物怖じしない性格の私は、隙を見てはアドバイスを求めるようになっていき、次第に直属の上司の攻略法や企画の穴など、厚かましく相談するようになっていきました。教えてもらえる指摘はデータや傾向に基づいた的確なもので、企画を進める基礎練習をしてくれていたように思います。私に期待していると言っていただけたことも嬉しく、試されていたのかもしれませんが、期待を裏切りたくないと張り切っていたように思います。

一方Bさんは心の支えになってくれました。私の、会社や現場に対する熱い気持ちを認めてくれて、「その気持ちはきっと伝わる」「素晴らしい考え方だと思う」と、(半ば無責任に)とにかく承認してくれました。くじけそうになっても、いつも「みさきは誰にどうなってほしいの?」と基本に立ち返る言葉を投げかけてくれたことで、自分を信じて、強く自分の芯を持ち続けることができました。

プラス要素④現場の支社マネージャーの仲間意識

支社マネージャーとのつながり

企画の概要は、本社の営業推進部門として、現場である支社マネージャーに対する施策でした。要するに、企画の対象は顧客ではなく社内のメンバー。進めるにあたって、データでは見えない気持ちや本音をしっかり汲み取った企画に仕上げたいと考えていたため、現場に出向くたびに「私にできることって何だと思いますか?」と単刀直入に聞き続けました。

全員と直接会話するわけにはいきませんでしたが、一人でも多くの方たちと仲良くなりたいと、とにかく話す機会を持ってきたことが実を結んで、結果的に多くの現場の方々が私に対して仲間意識をもってリアルな現状を教えてくれたことが、自分の企画に対する強い自信に繋がりました。

まるで学生の部活動のように、部員と女子マネージャーのような関係性ができていったため、仲間と一体となって自分の役割を果たすような感覚で企画の仕上げから導入、実施に至るまで一貫した立場で取り組めました。

エピローグ-支えがあったからこその新規事業

以上が、当時私が志高く新規事業立ち上げに深く寄与した環境要因であると考えています。個人の気持ちや行動を振り返ることは多かったものの、自分が所属していた会社やチームがどんな組織であったのかという目線で振り返ったことで、周囲のサポートや応援が成功に向けての大きな原動力であったと感じます。

行動力と周囲の支え

実現したいことがあった時、自らの働きかけが大切であることは間違いないと思います。ただ改めて、自分ひとりの力では達成できなかったと感じますし、様々な立場の多くの方の支えがあったからこそ成功したのだなと感じます。

新しいことに挑戦するときには、支え応援してくれる存在がとても重要!

この経験を活かして、これからも多くの方の挑戦を何らかの形で支えたり応援できたりするような役割ができればと思います。